「私の経験上」という言葉が出たら、ご用心!:災害未然防止のための設計とTRIZ(3/3 ページ)
災害を未然防止する設計をするために、問題解決理論のTRIZを適用して、常識にとらわれない視点での対策を立てよう。
災害を未然に防止するためのTRIZの活用法の例
先日の大震災では、地震による被害と津波による被害の両方が発生しました。共に、予想を大きく上回る規模であったことが被害を甚大にしたという点は否めません。しかし、幾つかの面では、これからのシステム設計において多くの教訓を残してくれたと感じることも事実です。それらをさらにTRIZ的視点で解説し、設計においてのTRIZ活用のイメージを伝え、今後の皆さんの設計に生かしてもらうのがこの項の趣旨です。
まず、地震について考えてみましょう。
地震とは、文字通り地面が振動することです。その振動が建物に伝搬して損害を与えるというのが基本的なメカニズムです。振動問題には、振幅の大きさや加速度、周波数などさまざまな因子が絡み合っていますから、その影響を予測することはかなりの難問だと言わざるを得ません。だから、構造物には一般的に安全率を掛けて設計し、FMEAなどで故障モードを解析してさらに安全性を高めるということになります。もちろんそのときにはCAEを使った振動解析は必須のツールでしょう。そういう意味では、CAEを使った最適化設計でも対応できるのかもしれません。
しかし、建物の構造にこれまでとは違った発想を求められることもあるでしょう。そのときに、自分が抱えている問題を抽象化して考えてみる。例えば、「ある部分の強度が足りなさそうだから、その部分には強い材料を使いたい。しかし、そうすると重量バランスが崩れてしまう」という個別の問題を「強度と重量」の背反特性(TRIZではこれを工学的矛盾といいます)に置き換えてみる。そうすると、複合材料原理、代替原理、「高価な長寿命より安価な短寿命」の原理、分割原理が、この対策に役立ちそうだと提案してくれます。複合材料原理を使うとすれば、例えば外側を強くして内側は比較的低強度の複合材料を用いてみてはどうだろうか? などのアイデアが生まれそうです。また、ライフラインについて考える際にも「都市ガスが止まった場合どうしよう?」という問題に対しては、「熱を起こすためにガス以外の手段はほかにないのだろうか?」と抽象化して、科学的知識のデータベースを検索することもできます。そして、それらをあらかじめ建物の構造に取り入れておくのです。
一方、今回の震災で大きくクローズアップされた原子力発電所の問題ですが、これまで多くの専門家の方々が分析し対策を述べておられる中にも、幾つかTRIZ的な視点のアイデアが見受けられたように感じました。しかし、それらを思い付くまま挙げるだけではなく、論理的に分析した後で本質的な原因を見つけて、対策をすることが大切ではないかと思いました。今回被害を大きくした原因の1つに挙げられているのが、津波によるポンプ(冷却系統)の不具合ですね。つまりディーゼルエンジンが海水を被ったことによって動かなくなったとか。また、そもそも電力系統が破損(断線?)したために、ポンプそのものの機能が失われたとか。ポンプを海側に配置していたレイアウト上の問題だとか……。
私だったら、「そもそもポンプはなぜ機能しなくなったのか?」という問題定義から分析を重ね、例えば「電気が来なくなったから」が根本原因だとすれば、「電気系統が死なないためにはどのような対策が考えられるか」をTRIZの「76の標準解」という手法で検討してみます。すると、流路の細分化から、「電気系統を複数持つ」というアイデアが出ますし、それと「モノ-バイ-ポリ(異形物質)=多機能化」を組み合わせれば、「ディーゼルエンジンンの発電機だけではなく、他の方式(太陽光発電や水力発電?)を組み合わせて用意すること」も視野に入れるでしょう。
また、逆発想原理的に考えれば、地震が発生したときに全ての発電を停止するのではなく、原子力発電の1機だけでも出力を落として発電所内の電力を供給するという案も浮かんできそうです(まぁ、それは原子力発電の制度運営上の問題で難しいでしょうけど)。
そして、そうやって発想したアイデアを総合的に組み合わせて、原子力発電のシステムを設計することが大切だと思います。ちなみに、安全性の改善には「局所性質原理」「つり合い原理」「先取り作用原理」「複合材料原理」「機械的システム代替原理」など、約30個の発明原理が役立つと考えています。
これらは、地震だけではなく、一般の自然災害に対する安全設計にも十分応用できると考えています。要は、問題の本質をつかんで、幅広い視野で対策を洗い出し(ここでTRIZが生きる)、それらを組み合わせて安全なシステムを設計すること。未知のシステムについては、まだ予測不能な事もあるでしょう。しかし、われわれはそういう歴史から教訓を得て前に進まなければなりません。そして、それらの対策は今までの常識の外側に存在するはずです。
今回の記事が皆さんの創造的思考の一助になれば幸いです。
Profile
桑原 正浩(くわはら まさひろ)
熊本県生まれ。1985年鹿児島大学卒業。KYB(カヤバ工業)株式会社、オムロン株式会社で研究開発や商品開発に勤務後、技術問題解決コンサルタントとして独立。現在は、株式会社アイデア、コンサルティングセンター長。実務型TRIZコンサルタントとして、国内外企業の技術開発テーマの創造的問題解決のコンサルティングに携わる一方、大学や産業振興財団の中小企業支援育成事業、日科技連の次世代TQM構築PJなどでも活躍中。「TRIZで日本の製造業を元気にする」が合言葉。
著作物に「効率的に発明する:ロジカルアイデア発想法TRIZ」(SMBC出版)、「使えるTRIZ」(日刊工業新聞社「機械設計」連載)、韓国では「TRIZによる論理的問題解決:アイデアレシピ」(韓国能率協会出版)がある。ブログ「TRIZコンサルの発明的日常閑話」
Twitterアカウント:@kuwahara_triz
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