手詰まり“もがく”グーグルの行く先は?:本田雅一のエンベデッドコラム(4)(2/2 ページ)
モノづくり現場を数多く取材してきたジャーナリスト・本田雅一氏による“モノづくりコラム”の新連載。テクノロジーを起点に多様な分野の業界、製品に切り込んできた本田氏による珠玉のエピソードを紹介しつつ、独自の鋭い視点で“次世代のモノづくり”のヒントを探る。(編集部)
チケット販売、そしてVP8の特許問題
モバイルデバイスへのターゲティング広告と同時に進めているのが、航空券などチケット販売業務への参入だ。グーグルがチケット販売代理店として、発行元との間に入れば、ユーザーはシンプルな操作で望みのチケットを素早く見つけることが可能になるだろう。彼らが提供するさまざまなサービスとスマートフォン、それにチケット販売というビジネスの相性はとてもいい。
そのような理由からグーグルはオンラインチケット販売会社の買収を進めているわけだが、昨年(2010年)に購入した米ITA(航空チケット検索・比較サービスで北米1位)の買収は承認が下りないのでは? といわれている。グーグルは「利用者が適切な航空券へと簡単にたどり着けるサービスを提供するため」と説明しているが、はた目には有力サービスを抱え込み、自社が寡占しているサービスと結び付けて普及を図り、独占状態を強化していると受け取られているのだ。
同様のあつれきはさまざまな部分で起きている。例えばグーグルがインターネット標準のビデオ圧縮技術としてライセンスフリーで提供しているVP8という技術は、MPEG技術を使っていると同圧縮コーデックのソースコードを見た者は指摘している。その一方、グーグルはVP8をAndroidなどとは異なるライセンス形態とし、YouTubeの動画圧縮技術をVP8に収斂(しゅうれん)させると発表させたほか、ChromeブラウザのHTML 5ビデオコーデックから、VP8のライバルであるH.264を取り外すことを決定した。
VP8のライセンスにはソースコード利用の条件として、オープンソースライセンスとしては特許について争わない(争う場合はソースコードの利用権を失う)拘束条件が付けられている。Androidとは別にライセンスされる技術であるため、採用しない自由がメーカーには与えられているが、もし採用しなければYouTubeをはじめとするVP8を用いたサービスは利用できなくなる。
法的には問題のないグーグルのライセンス手法だが、支配力のある動画Webサービスや広く使われているブラウザをフックに、特許訴訟を避けようというやり方は、はた目からは「オープンソース開発の約束事を悪用した特許無効化」にも見えてしまう。
……と、ここで特許の話を膨らませてしまうと、それだけで単独の記事になってしまうぐらいに複雑なのでこれ以上の言及は避けるが、これらグーグルの一連の行動は悪意によるものというよりも、事業領域をどう拡大していくか? という“もがき”の結果に見える。その“もがき方”、“立ち振る舞い”の1つ1つに、グーグルの悪意がなくとも、大きな影響力があることはいうまでもない。
グーグルがハードウェアに望むのは“単なる箱”?
これはネット家電を開発する者たちにとっても、重要な関心事だ。グーグルはスマートフォンやタブレット端末、IPTV端末を含む、あらゆるネット家電を、自社の展開するターゲティング広告の出口として活用しようとしている。Androidをばらまくのも、ユーザーのさまざまなネット上での行動に対する連動広告を扱う広告代理店としての利益があるためだ。
前述のVP8に関する特許問題についても、動画を用いた広告をユビキタスに展開するために、他社特許から開放された完全に無料の動画技術が必要だからだ。それこそ、街中にあるディスプレイのすべてを広告の出口にしていくとのビジョンを掲げるとするなら、いちいちH.264の特許料は払ってられないということだろうか。
いい換えれば、広告媒体としての端末を増やす意図はあっても、各装置を開発するハードウェア事業者のビジネスに対する関心はグーグルにはあまりない。かつてマイクロソフトは、PCをWindowsが動く箱のように(おそらく無意識に)扱い、PCの個性は失われてハードウェアメーカーは独自の価値を提供できなくなった。
AndroidやChrome OS、あるいはGoogle TVといった、グーグルのプラットフォームではどうだろう? グーグルはGoogle TVの発表に際し、共同開発をしたソニーのSony Internet TVに関して質問され、ソニーは単なるGoogle TVのライセンシーの1社であると答えた。
新しいアイデア、あるいはこれまでに蓄積してきたノウハウを注入し改良しても、結局はそれをプラットフォームの中に吸収し、すべてのパートナーに再配布されるのであればハードウェアメーカーは、この世界でも単なる“共通の機能を持つ箱”を作るだけになってしまう。むしろ、単なる箱(普遍的に存在する広告の出口として)であってくれた方が、グーグルにとっては望ましいのかもしれない。
いま、現時点でそうなっているとはいわないが、グーグルが次のステップへの成長の“もがき”を始めている中で、彼らがどう次の方向を見定めようとしているのか、今年は刮目(かつもく)すべき年だ。
筆者紹介
本田雅一(ほんだ まさかず)
1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。
Twitterアカウントは@rokuzouhonda
近著:「インサイド・ドキュメント“3D世界規格を作れ”」(小学館)
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