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労働価値の変遷 〜Human Cloudという考え方〜本田雅一のエンベデッドコラム(2)(2/2 ページ)

モノづくり現場を数多く取材してきたジャーナリスト・本田雅一氏による“モノづくりコラム”の新連載。テクノロジーを起点に多様な分野の業界、製品に切り込んできた本田氏による珠玉のエピソードを紹介しつつ、独自の鋭い視点で“次世代のモノづくり”のヒントを探る。(編集部)

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Human Cloud時代の戦い方

 さて、いまのところは半分冗談だと笑っていられるHuman Cloudという考え方だが、果たして将来、知的労働が細かな単位で手軽に、当たり前のように外注されるようになったなら、どう戦っていけばいいのだろうか。

 “自分にしかできない仕事”を見つけ、スキルを磨き続けることが一番であることは誰もが思い付く。しかし、実践はとても難しい。それに「自分がほかのよく似たタイプの労働者と違うんだ」と売り込めるだけの余裕と、自己アピール能力があるのなら、そもそもどんな時代にでも生きていけるだろう。

 しかし、Human Cloudの時代、Cloudを構成するメンバーへの仕事は画一化され、コストも限界コストへとどんどん近付いていく。Cloudを構成するシステム全体が大きくなればなるほど細分化した仕事の内容はシンプルにしなければならなくなるからだ。

 このときの限界コストは、究極的には仕事をこなす効率と生活に掛かるコストで決まってしまう。高いスキルで能率を上げれば収入は増えるが、生活コストの安い地域のエンジニアが同じ効率で仕事をすれば、価格競争力に劣ってしまうのは致し方ない。

 いい換えれば、“Human Cloud化されない”ためには、どんな価値を創造していかねばならないかを考えておかねばならないということだ。Human Cloudという考え方は極端にしろ、密なコミュニケーションで各種機能やデザインがタイトに絡み合う製品作りから、効率の良いシンプルなモノづくりへの変化はずっと起こり続けている。

 企業が日本で知的労働者を求める理由は、深く製品や設計のコンセプトにエンジニア自身が関わり、影響を与え、より良い製品を作るためのエンジンとなると考えているからではないだろうか。取材を重ねる中で、私は欧米中韓とさまざまな地域のエンジニアと接してきたが、日本のエンジニアほど製品の細かなディテールにこだわる人たちはいない。

 組織としての戦いではそうした日本のエンジニアが持つ強さに、企業システムの中で対抗する仕組みができてきているが、個々の知識労働者に分解してみると、やはり強みはあると思う。

 Human Cloudの時代の戦い方とは、自らのスキルを組織と結び付け、一定のコンセンサスの下に特定の固まり、集団として不可分な存在になっていくことだと思う。だが、もちろん職種や立場によっても、戦い方は変わるだろう。幸い、まだ時間は多く残っている。

能力を発揮させる環境を

 一方で企業は、“モノづくりを行う一定の集団”が能力を発揮しやすい環境を提供することと、画一的な仕事の細分化へと落とし込めない“高付加価値なモノづくり”を行う体制作りに心を砕く必要が出てくるだろう。これはいまに始まったことではないが、あらためて将来を見据えて常に再設計を行っていかねばならない。

 例えば筆者は、ある地方都市の開発拠点で、数年前に製品開発に関わったことがあった。驚いたことにそこで働くエンジニアの多くは、より良い製品をライバルよりも速く生み出すという視点を持っておらず、新たな技術トレンドのフォロワーであればよいと考えていた。

 もちろん、企業や管理職たちはそう考えていなかったが、エンジニアたちが自発的により良い製品について考えようと思わなければ、個々の能力は発揮されず、チームとしての成果も良いものを期待できない。

 そこで具体的な目標を設定し、自分たちの仕事が何を目指しているのか、マーケットの状況がどうなっているのか。顧客が製品に対してどのような不満を持ち、何を望んでいるのかなど、経営やマーケティングの視点からの見方を、担当者レベルにまで繰り返し話して聞かせ、「自分たちがなぜ目標をクリアしなければならないのか」という理由について自発的に考えるように仕向けた。

 あれから3年。久々に同じ開発拠点を訪問してみると、製品の機能や能力は大幅に改善され、エンジニアたちはそれぞれに自分が進むべき道を見つけ、次に何をやるべきなのか、大きな視点で自らの能力を生かす方法を考えるようになっていた。おそらく、もう誰のアドバイスがなくとも前へと進む歩みが遅くなることはないだろう。

 一見効率の良い合理主義的な組織運営は、個々のエンジニアの能力を効率良く引き出すようでいて、実は能力の限界を抑え込んでいるのではないだろうか。きちんと目標を据え、自分でやるべきことを考え、物事を進めるチャンスを与え、企業側は同じ目標を共有するためのコンセンサスを高めることを重視した新しい組織運営が求められているのだと思う。

筆者紹介

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本田雅一(ほんだ まさかず)

1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。

Twitterアカウントは@rokuzouhonda

           近著:「インサイド・ドキュメント“3D世界規格を作れ”」(小学館)


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