ピンチはチャンス!? 町工場から生まれた美顔器:マイクロモノづくり〜町工場の最終製品開発〜(1)
もともとプラスチックの射出成形メーカーで、下請の仕事だけだった企業が美顔器を開発。その成功の秘けつは?
わたしたちは、enmono(エンモノ)と申します。社名は、「モノづくりを人々のご縁でつなぎ、事業として成立させていこう」という思いから決めました。
製造業という事業は、商品を企画、デザインし、サンプルを作って営業し、量産化するようになると品質を安定化して保証し、さらにそれを販売します。またこれらのプロセスにかかわる人々の労務管理も必要ですし、会社として運営するには会計や税理士さんなどもかかわります。つまり、加工する人だけでは事業になりません。
これから日本国内で純粋に下請けとしてやっていけるのは、ごく一部の、技術レベルが世界一の企業だけになるはずで、ほかの企業は何としても独り立ちし元請けになっていくことが求められます。そういった変革のお手伝いをする仕組みとして、enmono社を立ち上げネットワークを広げているところです。
本連載では、当社が提唱している「マイクロモノづくり」について紹介します。
マイクロモノづくりとは?
日本では高度経済成長期、モノは作れば売れるということから、量産の技術を推し進め、大量に安く、品質の良いモノづくりをしてきました。ところが、欧米や日本など先進国では、必需品と呼ばれるものはある程度行き渡り、作っても売れない時代となってきています。
そうとはいえ、日本は生産技術の高度化により、高品質をローコストで提供してきたので、必需品の中でも競争力はありました。しかし為替自由化とともに、円高がどんどん進み、コストパフォーマンスの壁を超えてしまい、日本での量産品はペイしなくなりました。このため量産工場は海外シフトしていきました。
一昨年のリーマン・ショック以降、この流れは急激に加速し、国内のモノづくり企業は軒並み仕事がなくなりました。海外へシフトできる体力のある企業は海外へ出ましたが、国内に残された企業はこのままいけば淘汰(とうた)されてしまいます。
これから、日本国内における製品の生産ロットは少なくなっていき、売り上げは激減します。国内でのモノづくりも少量(マイクロ)になるため、従来のモノづくりでは生き残れません。生き残るには、単価を上げるか、ロットの種類を増やすか、海外展開するか、いずれかの方法が必要となります。
そこで業態変化、マインドの変化など困難な道ではありますが、下請けを脱し、自ら商品を作り出し、世界を市場にしていくような企業へと変化する必要があります。マイクロモノづくりという概念は、その1つの鍵となります。またマイクロモノづくりの概念は、BOP(Base of the Pyramid)市場向け製品プロトタイプを作る際も流用可能です。
マイクロモノづくりの世界では、モノづくり起業家と中小製造業者の間に入り、言葉を翻訳し、モノづくりをプロデュースするエージェントの必要性もあるでしょう。
窮地を救ったマイクロモノづくり
実際既に、マイクロモノづくりに近い取り組みをしている企業は存在します。まずはその事例を紹介していきます。また、わたしたちなりの解釈を加えたマイクロモノづくりの概念についても触れていきます。
ミツワはもともとプラスチックの射出成形メーカーで、化粧品会社向けの什器(じゅうき)などをオーダーメイドで製作していました。大手化粧品メーカーから依頼を受け、製作をしてメーカーに納めるといった一般的な下請けの町工場でした。しかしながら、リーマンショック後の不況の影響で、主力の化粧品などの什器製作の仕事や、プラスチック射出成形の仕事は、受注があっという間に減っていったとのこと。
そんな時期、ミツワ 代表取締役 三輪 隆一氏の元に、あるデザイン会社から、整体師の方が考案したという美顔器の試作の話が持ち込まれました。その美顔器は、マッサージ師やエステティシャンの3本の指を再現するというもの。
実は同社先代社長の時代から、一般の方や異業種でモノづくりをしたい起業家たちから、さまざまなアイデア商品の企画が持ち込まれるような会社でした。企画を持ち込んでくる人たちの中には、『発明アイデアを買う300人の社長』という本に掲載されるほどの人までいました。
ともあれ、その美顔器のアイデアは、現在は製品化して出荷しているものとほぼ同じ基本構造でしたが、残念ながら量産を前提としたモノづくりに適したデザインにはなっていませんでした。その後、苦労の末に、その試作品を仕上げ、納品をしました。しかしその後、1年ほど連絡が途絶えてしまったのです。
多くの試作品が持ち込まれる中、なぜか、この美顔器の試作品だけが、三輪氏の心の中にずっと引っ掛かっていました。あきらめ切れなかった三輪氏は、整体師の方に、直接連絡を取り、量産化へ向けての説得を試みたのですが……。
話をしていくうちに、発案者である整体師の方に量産化するための開発資金が不足していることが分かりました。
そこで、三輪氏は決断し、考案者の整体師に以下のような条件の提示をしました。
「設計費用・金型製作費用など全てミツワで負担をするので、製造と独占販売権を譲ってください」
「あなたに、売れた分の中からロイヤリティをお支払いします」
交渉の結果、製造・販売のリスクをミツワが負担することで、本製品の製品化が決定しました。
ただし、ほっとしたのもつかの間……。実際に製品が出来上がってきても、その販路開拓は苦労の連続だったとのこと。営業は三輪氏自らが行い、大手百貨店にも持ち込み商談をしましたが、ほぼ全部が門前払いだったといいます。仕方なく、近くの知り合いの美容院に製品を数個置いて使ってみてもらいました。
その後、うれしいことに「小顔になった」というクチコミで数個が売れ始めたのです。この美容院で売れ始めたという実績を基にして、美容院にはさみやシャンプーなどを卸す一次問屋にアプローチをしたところ、こちらでもいい評価をいただき、扱ってもらえることになりました。
さらに、テレビショッピングにまで登場しました。放映中に実際、整体師の方に顔半分の施術をしてもらい、顔半分が小顔になることをカメラの前で証明。その整体師の指と同じ効果が、この美顔器を使えば自宅で再現できるというようなプロモーションをしたところ、大ヒットへとつながりました。
ここで三輪氏から印象深いコメントをいただきました。
「製品を開発・生産するよりも、実際に販売する労力の方がはるかに大きい」
これまでメーカーからの依頼で製品を製造、納入してきた中小製造業には考えつかなかったのでしょう。
「ユビタマゴ」はバージョン1、バージョン2と合計し約5万台が販売されました。
このヒットの要因を尋ねたところ、
「企画者である整体師の方と、モノづくりのリスクを負った三輪氏との信頼関係が大きい」
とのことでした。
もともと、この企画はミツワ自身にはなかったものでした。整体やエステという業界の知識もなかったし、その中でどのような施術がされるか、あるいはそれをどのような製品に落とし込めばよいのか、分からない……というか、そういう発想にすら行き着かなかったといいます。
その企画を持ち込んだ方と、その製造・販売のリスクを負担するミツワとの双方が相互を尊敬、信頼することでモノづくりや、マーケティングなどもスムーズに進み、ヒットにつながりました。
ミツワはまさに、マイクロモノづくりを実践して高収益を上げている会社です。自ら製品開発のリスクを負い、整体師の方と協力しながらマーケティングや販売をした三輪氏こそ、未来の日本の中小製造業が目指す、「モノづくりプロデューサー」ではないでしょうか。
この事例において、製品がヒットしたポイントについて、以下にまとめましょう。
- 企画持ち込み者と製造者の相互の尊敬・信頼関係の構築
- 製造者が自ら資金を提供し、リスクを負った
- 製造者と企画者が協力して、マーケティング、営業を行った
ユビタマゴを開発していた当初、製造業仲間から「本業を放置して、訳の分からないものの開発にのめり込んで、会社は大丈夫なの?」という心配の声が多く上がったと三輪氏はいいます。
日本国内での万単位でのロットの量産はその経済的な合理性から考えれば、もう戻ってこないことは間違いないのに、まだ多くの中小製造業が国内の量産が戻ってくると信じています。
そのことに早く気が付いた製造業が――まさにミツワのように――自社の持っているリソースを基にして新たな中小製造業の形、「中小製造業 Ver2.0」へと生まれ変わるのでしょう。
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次回も引き続き、興味深いマイクロモノづくりの事例を紹介していきます。
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Profile
宇都宮 茂(うつのみや しげる)
1964年生まれ。enmono 技術担当取締役。自動車メーカーのスズキにて生産技術職を18年経験。試作メーカーの松井鉄工所にて生産技術課長職を2年務めた。製造業受発注取引ポータルサイト運営のNCネットワークにて生産技術兼調達担当部長として営業支援に従事。
2009年11月11日、enmono社を起業。現在は、製造業の新事業立上げ支援(モノづくりプロデューサー)を行っている。試作品製造先選定、部品調達支援、特許戦略立案、助成金申請支援、販路開拓支援、プレゼン資料作成支援、各種モノづくりコンサルティング(設備導入、生産性向上のためのIT化やシステム構築、生産財メーカーの営業支援、生産財の販売代理、現場改善、製造原価、広告代理、マーケティング、市場調査、生産技術領域全般)など多岐にわたる。
Twitterアカウント:@ucchan
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