第1回 スマートフォンだけではない、広がるAndroidの可能性:Embedded Android for Beginners(Android基礎講座)
オープンソースのソフトウエアプラットフォームとして多くの技術者から支持を得ている「Android」。オペレーティングシステムとしてLinuxを採用し、プログラム実行環境としてJava技術を導入するなど、実績がある既存の技術を取り入れていることが技術者の支持を集めている理由の1つと言えます。しかし、Androidには他にも技術者を引きつける要素がたくさんあります。
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この連載では、10年以上にわたって組み込みJavaの仕事を手掛けてきた筆者がその経験を生かして、組み込み技術者向けにAndroidの特長と、技術的な詳細を解説していきます。まだ使ったことはないけれど、Androidを組み込みビジネスに使ってみたい、または使えるかどうかを調査したいという技術者から、開発プロジェクトのマネジャーまでを主な読者として想定しています。そして、技術者の一般的常識として、Androidに興味を持つ人にも読んでいただければ幸いです。
連載初回となる今回は、Androidの歴史を解説し、Androidが持つ可能性を考えます。
オープンソース携帯の担い手として登場
Androidの名前が初めて開発者の注目を浴びたのは2005年。Web検索サービスで有名な米Google社が米国で携帯電話機向けのソフトウエアプラットフォームを開発していた米Android社を買収した時です。
当時、Google社はすでにWeb検索最大手であり、「Google News」、「Blogger」、「Google AdSense」、「Gmail」などWeb検索に限らない周辺のサービスの充実を図っていました。Google社はWeb検索の大手という見方が強かったため、これらの一連の動きは足場固めであると多くの人が考えていました。
そんな中で、創設してわずか22カ月の携帯電話機向けソフトウエアプラットフォームを持つ新興企業Android社の買収は一部で話題になりました。Google社が自社ブランドの携帯電話機を開発、販売することを画策しているという噂も流れました。
Androidが脚光を浴びるのは2007年11月、Google社がオープンソースの携帯電話機向けソフトウエアプラットフォームの開発を推進する団体Open Handset Alliance(OHA)を発足させた時です。OHA発足の1週間後に、最初のAndroid SDK(Software Development Kit)が登場しました。
Google社が携帯電話機に関連する事業を始めることは多くの人が予想していましたが、Web検索の会社が中心になってソフトウエアプラットフォームを提供するという手を打ってきたことに多くの人が驚きました。
SDKに開発者が飛び付いた
2007年といえば、1月に米Apple社が「iPhone」を発表しています。同年6月に発売したiPhoneは順調に売り上げを伸ばしていました。iPhoneのような多機能な携帯電話機「スマートフォン」のソフトウエアプラットフォームがほしいと期待する開発者は増えていきましたが、Apple社がiPhoneのソフトウエアプラットフォームだけを販売することは期待できそうもありませんでした。
そこで登場したAndroidはオープンソースで提供されるということから、大きな期待を集めました。携帯電話機メーカーだけでなく、携帯電話機以外の携帯型情報機器のメーカー、さらには据え置き型の機器のメーカーなど、各方面から注目を集めました。技術者はAndroidの用途が携帯電話機(スマートフォン)に限るものではないといち早く見抜いていたのでしょう。そして、実はGoogle社のCEOであるEric Schmidt氏も、発表当初からAndroidの用途は携帯電話機に限るものではないと説明していました。
そうした中、Android SDKが登場すると、世界中の技術者が飛び付くように反応し、ダウンロードして、まだ見ぬAndroid搭載スマートフォンのためのプログラムの開発に挑戦し始めたのです。
このSDKはARMプロセッサを搭載した一般的な評価ボードで動作したため、展示会などでいち早くデモンストレーションを実施する企業もありました。デモには黒山の人だかりができたことを覚えています。
記念すべき世界初のAndroid搭載スマートフォンは、2008年10月に米T-Mobile USA社が米国で発売した「T-Mobile G1」(図1)です。台湾HTC社が製造しました。日本では2009年7月に、NTTドコモが発売した「HT-03A」(図2)が初めてのAndroid搭載スマートフォンとなりました。これもHTC社の製品です。NTTドコモは続いて2010年4月に、ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ製のスマートフォン「XPERIA」を発売しました。
AndroidのソースコードはT-Mobile G1の発売と同時に公開されました。その後、重要なバージョンアップがあるたび、サーバへのアクセスが集中し、ダウンロードしにくくなります。世界中の開発者が興味を示していることと、期待を寄せていることがこのことからも分かるでしょう。
デジタル家電への応用
Androidはスマートフォン向けソフトウエアプラットフォームですが、先に述べたように携帯電話機にとどまらないAndroidの可能性を見出す開発者は多く、それぞれの立場でメリットを感じながらAndroidの導入検討を進めています。詳細は次回以降に説明しますが、ここで、簡単にAndroidの応用例を4つほど紹介しましょう。
一般的な家庭にはテレビ受像機の他、PC、携帯電話機と、スクリーン(画面)を持つ機器が3種類はあります。最近はこれら3種類だけでなく、もう1つスクリーンを持つ機器が登場してきています。このような機器を「4th Screen」や、「4番目のスクリーン」と呼びます。
4th Screenの代表としてはデジタルフォトフレームが挙げられます。家庭にあるものではありませんが、デジタルサイネージも4th Screenの一種と見られています。近い将来、このような機器に「ウィジェット」などの機能を追加した機器が爆発的に普及するという予測があります。
例えばデジタルフォトフレームなどは、一般に広く販売するものです。そのため、価格はなるべく安くする必要があります。そこで、4th ScreenにAndroidを搭載しようという動きがあります。価格の制限を考えると、他に選択肢がないとも言えます。
これまで、安価な家電に搭載するソフトウエアプラットフォームと言えばLinuxでした。ディスプレイを搭載したステレオコンポなどに広く採用されています。しかし、あくまでも製造時にインストールしたプログラムを実行するためだけのプラットフォームであり、ユーザーの手でプログラムを追加したり削除することを考慮したものではありません。
Androidは最初から画面が付いた機器で使うように設計されており、プログラムの追加、削除も自由です。しかも無料で利用できるので、4th Screen向けソフトウエアプラットフォームの最右翼と目されています。なお、4th ScreenにAndroidを使うことには、大きな問題が隠れていますが、この点については回を改めて解説します。
4th ScreenにはApple社の「iPad」も含まれます。iPadの人気に便乗するように、Androidを搭載した対抗製品がすでに幾つも登場しています(図3、図4)。4th Screenは、これから成長していく一大市場であり、この市場を押さえることができれば、Androidにとってはスマートフォン以上に大きな活躍の場となる可能性があります。
クラウドへの誘導
Google社はコンピュータクラウドを使ってビジネスを展開しています。Google社がAndroidに期待している役割は同社のクラウドサービスへの誘導であると言われています。Google社と同じように、自社のクラウドサービスへの呼び水としてAndroidを利用する例が今後増えると見られます。
例えばNECビッグローブは台湾Camangi社のAndroid搭載タブレット型コンピュータ「WebStation」を一部のユーザに配布し、試験サービスを提供しています。
インターネットプロバイダという立場でありながらAndroid搭載機器を配布する目的は、Google社の狙いと似通っています。すなわち、自社サービスに向いたAndroid搭載機器を提供し、自社サービスにアクセスするAndroidプログラムを供給することで、ユーザを自社サービスに誘導するのです。
例えば同社が提供する、「冷蔵庫チェッカー」というAndroidプログラムは、単体では冷蔵庫内の食品を登録、管理して、製造日からの経過日数などを通知することしかできません。
しかし、「BIGLOBEグルメ」と連携することで、冷蔵庫に入っている食品を利用できるレシピを検索できるようになります。このように、NECビッグローブはAndroidをビジネスの下支えとなるクライアント機器に利用しようとしています。単純に機器を動かすためのプラットフォームではなく、Androidをフル活用してインターネット上のサービスと連携し、有効に機能させた例とも言えます。
Android搭載機器がPCの役割を奪う
4th Screenが普及すると、PCがあまり売れなくなるほどの影響があると言われています。PCが担っている役割のほとんどを4th Screenが担うようになるので、多くの人にとってPCが不要になるからです。脱PCという観点で見ると、PCを利用している端末のほとんど全てがAndroidのターゲットとして考えられます。
例えば銀行のATM端末です。現状ではWindowsなどを搭載したPCを使っていることが多いでしょう。これがAndroid搭載端末に置き換えられていきます。
オープンソースのソフトウエアプラットフォームを金銭のやり取りに使うことには抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、ATMはインターネットにつながっているわけでなく、銀行の独自のネットワークにつながっているので、インターネットからの攻撃を受ける可能性はありません。このようにインターネットから切り離した環境を仮定して品質保証をすればよいのです。
POS端末にもWindowsを使っているものが多くあります。これもやはりAndroidを搭載した機器に置き換わっていくでしょう。
そして、家電量販店で来店時にポイントを加算できるような端末がありますが、これもPCからAndroid搭載端末に変わっていくでしょう。これらの端末はほとんどがタッチパネルで操作するようになっています。PCももちろんタッチパネルに対応していますが、そのままではPCのGUIを使うことになります。特定用途にはUIの作り込みが必要ですが、出来栄えとしてはいまひとつになってしまっていることが少なくありません。
Androidははじめからタッチパネルしか持っていない機器を想定したUIを用意しているので、このような用途の機器を簡単に作ることができます。また、この種の機器にはポイントカードを読み書きするなどの周辺装置が必要です。Androidが内蔵するOSはLinuxなので、ドライバソフトウエアは比較的簡単に調達できます。
量販店にみられるデジタル写真のプリントサービス機や、公共スペースの案内端末、図書館の蔵書検索端末、博物館の館内案内端末など、PCを使っている端末には全てAndroidを応用できます。
また、既存のタブレット型端末、例えば居酒屋やファミリーレストランの注文端末などにもAndroidを利用できます。
活躍の場はスマートグリッドまで広がる
Androidの応用範囲は次世代送電網であるスマートグリッドにまで広がります。
スマートグリッドは電力供給元以外にも多くの構成要素から成り立っています。従来の電気メーターに代わって消費電力を電力会社に送信するスマートメーターにAndroidを搭載すると、工場や一般家庭といった環境に応じた使い方が可能になります。工場では工場単位の、家庭では家庭単位の電力消費の把握が可能になり、電力節約の作戦を立てることも可能でしょう。計画通りに節約できているか確認する機能を作ることもできます。
スマートグリッドは国土全体を対象エリアとし、ピーク電力を正確に知ることで発電所の発電コストを抑制できるため、大きな期待がかかっています。このような大規模な構想にもAndroidは役立つのです。
著者プロフィール
金山二郎(かなやま じろう)氏
株式会社イーフロー統括部長。Java黎明(れいめい)期から組み込みJavaを専門に活動している。10年以上の経験に基づく技術とアイデアを、最近はAndroidプログラムの開発で活用している。
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