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いま、なぜサプライチェーン管理を見直すべきなのか情報システムから見た海外生産シフト(4)

国外拠点は単なる生産工場や販売拠点ではなくなりつつあるいま、グローバル市場を考える日本企業が考慮すべき実務上の課題とは何か。アジア地域での製造業を見続けてきた経験から、日本企業が これから進むべき道を考える。

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 第4回目となる今回はSupply Chain Management(SCM)についてお話しします。まずはSCMの定義から始めましょう。

 今回のコラムで取り上げるSCMは、1製造拠点内の最適化を図る生産スケジューラと複数製造拠点&在庫拠点で構成されるサプライチェーンを最適化するSupply Chain Planning(SCP)です。3階層のソリューション分類では、ともに計画系階層に属します。

いまこそ、SCMを本格的に考えるべき3つの理由

 さて、皆さまが最初に「SCM」という言葉を聞いたのはいつごろでしょう?

 筆者の場合は1996年のことでした。当時、筆者の顧客企業に、アメリカからマレーシアへ直接転勤されてきた方がいました。その方から、アメリカの最新事情として、ハイテク業界を中心としたSCMモデルをお聞きしたのが初めてだったと記憶しています。その後、当時、シンガポールにアジア太平洋地域本社を置いていたi2 Technologies(現在はJDA Software Group, Inc. 傘下)と知り合いました。

 当時のi2はNASDAQ上場を果たしたばかりであり、非常に革新的な企業でした。インド系アメリカ人が創業した会社であり、アジア太平洋地域本社のManaging Director(社長職)は中国系マレーシア人、Sales Directorはタイ系カナダ人という非常にアジア的な組織でした。

 1998〜2003年まで約5年間、弊社はアジア太平洋地域のアライアンスパートナーとして協業関係にありました。e-MarketplaceというSCMとは少し異なった領域に注力していた時期(2000年ごろ)もありましたが、i2 Technologiesが、当時の競合manugistics(現在はi2と同じくJDA Software Group, Inc. 傘下)とともに、SCMの普及に尽くした功績は大きいでしょう。

 しかし、その後、SCMは特定の業種を除いては、一般的なソリューションと認識されるまでには至らなかったように思います。

 特に、日本国内では一過性のブームで終わってしまいました。原因はいくつかあると思います。まずは投資金額の大きさでしょうか。

 i2、manugisticsの製品およびサービスを包括的に導入するには「億単位」に近い投資が必要でした。現在でもSCMに億単位の投資のできる企業の数は限られているかもしれません。もちろん、ここでは単なる投資額ではなく、億単位の投資に見合った投資効果があるかがポイントです。

 また、日系企業にとっては、当時の主流であったアメリカ系SCMベンダの提唱する「合理性」をなかなか受け入れ難かったのかもしれません。アメリカ系製造会社は事業採算性を最重視し、海外製造拠点の統廃合を進める傾向があります。対して、日系製造会社は、長期にわたる事業継続性、雇用確保、進出国との良好な関係継続などを重視し、思い切った事業の統廃合をしないスタンスといったところでしょうか。

 最初のブームから10年近くがたち、一時は書店のビジネス書籍コーナーに平積みされていたSCM本も、新刊を見掛ける機会が少なくなりました。しかし、近年の日本の製造業を取り巻く事業環境の変化から、SCMソリューションの必要性は高まっているのではないでしょうか。まずは、いくつかの現象を検証していきましょう。

1. 海外への製造シフト拡大

 日本において中国を中心とした海外での製造にシフトする傾向が拡大したのは、おおよそ2000年代に入ってからです。これはサプライチェーンの物理的な「長さ(距離)」の伸長をもたらしています。以前は国内調達〜国内製造〜国内販売が一般的であったのに対し、海外製造へのシフトが拡大したことにより、超大手企業以外でも複数の国にまたがったサプライチェーンが構成されるようになりました。これは日本の製造業に限った現象ではありません。「世界の工場」と呼ばれる中国には、世界中の製造会社が製造拠点を展開しています。

2. サプライチェーンの複雑化

 サプライチェーンは長さだけではなく、構成の複雑化も進んでいます。日本の家電製造メーカーが、中国をはじめとした新興国で製造された部品を調達し、東南アジアの工場で加工や組み立てを行い、完成品をアメリカ市場で販売する、といったサプライチェーンは現在ではごく一般的なものです。日系製造会社が、日本をまったく絡めずに、調達〜製造〜販売のサプライチェーンを形成することも珍しいことではありません。

サプライチェーンとSCP、APSの関係の例
サプライチェーンとSCP、APSの関係の例

3.単なる製造拠点から地域市場への供給拠点へ

 海外生産拠点の役割の変化も大きなポイントです。従来の海外製造拠点は、日本本社からの指示に従って、製造&出荷を行うことを第一目的としていました。労働賃金の安い新興国で大量に生産し、先進国市場に出荷する加工輸出モデルです。

 しかし、現在の海外製造拠点は、進出した国・地域への供給拠点としての役割を担うようになってきました。タイ工場で製造した車をAFTA(アセアン自由貿易圏)諸国へ輸出、中国工場で製造した液晶テレビを中国国内市場で販売するのはいまや当たり前のことです。

 かつてはサプライチェーンの1構成員にすぎなかった海外製造拠点が、現在は自らサプライチェーンを構築する立場になったといえます。地域市場のニーズを探り、市場の求める製品を必要なときに必要なだけ供給できる仕組み作りができるかが、今後の企業価値を左右する大きなポイントになるはずです。

 2008年10月に始まった「リーマンショック」は記憶に新しい出来事です。その後、世界規模で景気後退が拡大し、2010年3月に期末を迎える多くの日系製造会社は期末在庫を減らすため、一斉に生産のブレーキを踏みました。100年に一度の経済危機といわれていますが、今回の出来事を機会に、サプライチェーンの重要性を再認識された企業も多いのではないでしょうか。

 例えば、完成品製造を担当する1工場がいくらブレーキを踏んでもサプライチェーン全体の動きには連動しません。現在のサプライチェーンが、長く複雑化しているためです。サプライチェーンの川下から川上まで、いかに速く情報を伝達&共有し、実際のアクションとして実行していく仕組みが重要でしょう。

これからの日系製造業に必要な仕組みとは

 では、これからの日系製造業に必要な「仕組み=SCM」とはどのようなものでしょうか。いくつかの条件を挙げていきます。

1. 複数の製造拠点、在庫拠点を有機的につなげる仕組み

 サプライチェーンを構成するメンバーは複数の国にまたがり、さまざまな品目を製造しています。また、製造会社だけではなく、物流会社、倉庫会社も主要メンバーとなります。こうした多種多様なメンバーが容易に「プラグイン」できる仕組みが必要です。

2. 部分最適の積み上げが全体最適となる仕組み

 1工場内のスケジュール最適化(部分最適)とサプライチェーン全体のスケジュール最適化(全体最適)があります。この相反しやすい2つのスケジュールを同期させる仕組みが重要です。

3. 段階的に導入が可能な仕組み

 最初からサプライチェーン全体を包括する仕組み作りではハードルが高過ぎるかもしれません。限られた予算内でのスモールスタートから始め、段階的に拡張可能な仕組みが求められます。

4. 対費用効果の出しやすい仕組み

 第1次SCMブームの主役はハイテク関連製造業でした。新モデル投入が頻繁にあり、製品寿命が短いパソコン製造を頂点としたサプライチェーンがSCM成功モデルとして取り上げられました。また、短期間での需要増減が大きい半導体製造も同様です。こうした企業は億単位の投資に見合う効果があったということでしょう。

 しかし、これからのSCMは限られた業種・製造品目に偏ったものではなく、製造業全般に広く活用される仕組みでなければなりません。多くの業種・製造品目での幅広い活用を促進するには、対費用効果の出しやすい価格帯であることも重要です。

 「製販一体」を合言葉に、製造・在庫・販売データの一元管理を実現している企業は多いと思います。しかし、PSI(Production・Sales・Inventory:生・販・在の調整活動)を推進しても、その実効範囲はサプライチェーンの一部分にとどまります。今後、製造拠点の海外シフトがさらに進み、サプライチェーンがさらに複雑化するのは容易に予測できます。いままでのような企業グループ内のクローズドな仕組みではなく、サプライチェーンの構成メンバーを包括するオープンな仕組み作りが必要ではないでしょうか。

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 次回のコラムは、あらためて生産管理システムについてお話しします。国内から海外への生産シフト に伴い、海外製造拠点の果たす役割は重要になっています。こうした事業環境の変化を前提に、海外製造拠点が本当に必要な生産管理システムについてお話しする予定です。


筆者紹介

(株)DATA COLLECTION SYSTEMS
代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)


1995年:マレーシア・クアラルンプールにてData Collection Systems Sdn Bhd創業

1998年:i2 Technologies社(米)のAlliance Partnerとなる

2000年:Magnus Management Consultant社(蘭)と合弁会社設立

2004年:日本・東京に(株)DATA COLLECTION SYSTEMS創立

タイ・バンコクにData Collection Systems (Thailand) Co., Ltd.設立

在庫&工程管理パッケージソフトInventoryMaster発表

2006年:中国・天津にData Collection Systems(China)Co., Ltd.設立

2007年:国内ベンチャーキャピタル2社から株式投資を受ける

2008年:日本法人(株)DATA COLLECTION SYSTEMSが持ち株兼事業会社となる

2009年:生産管理パッケージソフトProductionMaster発表 2010年:グループ設立15週年



海外の現地法人は? アジアの市場の動向は?:「海外生産」コーナー

独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。



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