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踊る大規模解析最前線MONOistセミナー レポート(2)(3/3 ページ)

アンシスが最新の大規模解析事情、富士通がHPCをめぐるハードウェア事情、そしてIHIが実際の設計現場におけるCAEについて大いに語る

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ターボ機器設計における統合的設計管理手法とは?――IHI

 セミナーのラストを飾ったのが、IHI ものづくり改革推進本部 部長 笠(かさ)俊司氏、同 主査 呉 宏堯(くれ ひろたか)氏による特別講演『HPCと統合的設計管理手法を用いた産業機械設計の紹介』だ。

 講演前半では、笠氏が登場。同氏は、大学発フリーソフトと、統合的設計管理手法 TDM(Total Design Management)の概要について説明した。

 まず同氏は「企業にとってのHPC」を定義してみた。


企業のモノづくりにとってのHPC

 横軸は、設計対象をどれくらい広く取るか(設計空間の広がり)、縦軸は、現象の複雑さや精細さ。従来のCAEは、単一の目的で、単一の現象を求めた。現状のCAEでは、非常に複雑な現象が解析できるようになった。

 以降は、これからの展望。超大規模解析は、マルチフィジックスや多時間ステップの解析を示す。超多点同時解析は、いろいろな設計ポイントをじゅうたん爆撃的に的に計算し、そこから結果を求める。そして、その両者を実現させるのが「超大規模多点同時解析」で、将来はそこに行き着くだろうという。

 いますっかり普及した3次元モデルデータは、いろいろなシーンで便利に使える。CAEの適用もさまざまな場面に広がりつつあり、計算精度も高くなっている。設計物の表現能力も格段に上がった。

 それらデジタルデータをふんだんに使い、情報を出す――それがHPCの役割だと笠氏はいう。


IHIのHPCを用いた3次元モノづくり

 同社は、以前から「バーチャルエンジンシミュレーション」に取り組んでいる。文字通り、「仮想のエンジンで実験を行うこと」。エンジン全体の試験の一部が、シミュレーションで行えるという。開発期間やコストを減らし、開発リスクそのもの低減できるという。


2通りの設計手法

 笠氏は、エンジン設計における設計手法を2つに大別した。従来の「ループ型設計手法」は、解析やパレート最適解計算で制約・要求条件が変わるたびに、3次元CADや設計変数設定にフィードバックし、このループは問題が洗い出されるまでHPC計算を繰り返すしかない。


IHI ものづくり改革推進本部 部長 笠(かさ)俊司氏

 もう1つの手法、「セットベース型設計手法」をシンプルに表現すれば、「設計者が、普段やっていることを数値化する」こと。この手法では、設計自由度が高い時点で、トレードオフが行える。制約条件や要求条件はひとまず忘れ、設計範囲が決まったら、考えられる限りのデータを計算機のパワーを使って集める。あとは設計解を求めるのではなく、「検索」し、トレードオフ設計を行う。そこにデータベースがあるので、要求条件や制約条件が変わっても、検索をすればいい。

 上記のセットベース型設計手法は、これから説明する同社のTDMの基礎概念である。このような膨大な設計解を素早く処理していかなければならず、HPCのパワーは不可欠だ。

HPCの事例紹介

 HPCの適用事例として、レシプロ圧縮機(コンプレッサ)における弁制御(弁形状)の例を示した。ここでは、タグチメソッドを使った。9つの設計パラメータを用いて、L27(27水準)直行表で、加工条件が12。よって、324のケースを処理しなければならない。この解析のメッシングは、かつて2人がかりの手作業で40日もかけていた。それがHPCで自動化したことで、3日で完了できるようになったことと併せ、装置性能も改善されたことを示した。

 またHPCは、溶接力学関連の解析(溶接残留応力の解析)にも適していることを説明した。溶接ビルドアップの設備では、溶接部がひび割れの起点になりやすく、その信頼性を確保するうえで溶接部の応力状態を精度よく評価することが重要だという。溶接部の力学的現象は非常に複雑で、そのうえ精度よくとなれば、解析モデルは大規模となる。つまりHPCがなくては、解析が進められない。さらにそこで、東京大学 生産技術研究所が中心となり開発中のフリー解析ソフトウェア「FrontISTR」を使用することで、計算時間を従来作業比の約100分の1に収めることができるという。


残留応力解析の近未来


IHI ものづくり改革推進本部 主査 呉 宏堯(くれ ひろたか)氏

 フリーのアプリケーションを使うメリットとしては、費用が掛からない、(ソース公開されていれば)目的別にカスタマイズ可能、ソフト開発者との直接コンタクトしさまざまな要望が伝えやすいこと、 試計算・実証計算などに参画できることを挙げた。デメリットとしては、機能(特にプリポストなど)が市販コードと比べ見劣りしてしまう点や、テクニカルサポートやマニュアルなどが充実していないことを挙げたが、自発的にコードを読み解くことで、ソフトのカスタマイズに関する知識や、技術や現象への理解を深めることができ、企業にとってプラスになる要素が大きいことも述べた。


TDMとは何か

 セッション後半から、笠氏から呉氏へバトンタッチし、同社のTDMに関して詳しく説明した。同氏は、2010年3月まで同社のターボ機器設計現場に在籍したのち、現部署に異動してきた。

 呉氏が実際に設計現場で聞いた「設計基板技術に関する要望」は、以下だという。

  • 大規模シミュレーション:試作をしなくでも正確に現象を把握したい
  • 全体の空間を探したい。経験に頼ったピンポイントの設計から脱したい
  • ある特定の人しか分からないアルゴリズムでなく、誰もが分かるアルゴリズムで周知を集めたい

 同様に「システム設計技術の要望」としては、以下のようになる。

  • 多目的トレードオフやロバスト設計
  • リスク管理、実用性、
  • 「なぜその寸法に決まったのか」という設計透明性

 それらを実現具体化するために体系化したのが、TDMだという。


IHIのTDMとは

 実際の設計現場で必要なのは、QCDにおける複数の評価指標のバランスが取れる設計手法、すなわち多目的トレードオフ設計であり、その効果を高めるには設計初期でそれが適用できることが重要だと説いた。

 トレードオフ設計では、もし際限なく金があるなら、考えられるすべての設計案に対する実物を製作・試験し、この中から最善の設計解を設計関係者が選択するのがベストだ。しかし、実際は時間もコストも限られていて、設計案のすべてを網羅して実物を製作・評価することは現実的にあり得ない。

 なので、モノを作らなくてはいけないリアルな環境ではなく、デジタルモデルを用いたバーチャルな環境で何とかして全設計解を求めていく。

 先に説明したセットベース型設計手法と「モデルベースド・リスクマネジメント」が、同社におけるTDMの2大コンセプトになる。それらの手法に取り組む前には、まず数学モデル(設計変数、評価指数、誤差因子)を作りまくることが大事だ。持てる知識をフル回転し、思い付く限りの数学モデルを“何でもいいから”出す。

 セットベース型設計手法では、上記で説明したように、設計解全体集合をモンテカルロ(乱数)シミュレーションで変数を振って計算していく。そこに応答曲面法(重回帰分析)や実験計画法に基づく直交表なども利用しながら、フィルタリングやチューニングを行っていく。

 もう1つの柱、モデルベースド・リスクマネジメントでは、それら数学モデルの自信度(技術理解度)を、設計者自身がリスク管理票に記入していく。例えば数学モデルがあいまいだと感じたら、その旨も記しておく。そのうえでリスクを少しでも下げるための検証を行っていく。つい放置されてしまいがちな問題も、明確になる。この部分は、従来、設計フローとは別に行ってきた部分だという。


技術理解度の設定

リスク低減計画

 モンテカルロ、FMEA、実験計画法、タグチメソッド……世の中にあるさまざまな問題解決手法や最適化手法は、大きな設計フローの中におけるステップの一部である。実際の設計は、時代の流れなどに併せて、設計者が適切な手法を選定し組み合わせていくことも必要となる。設計解も1個ではない。最適な解を決めるのは設計者の仕事で、企業のノウハウもある。

 同社の圧縮機インペラの振動設計では、いままで個別に数多くの固有値の検討を行ってきた。こちらは、直径と羽根高さが標準品と若干異なるシリーズ品(顧客要望により異なる)が、105種類あるという。直径×羽根高さのパラメータの1セル1セルに対し、いちいち形状パラメータを変更し、固有値を求めるということをやってきた。ここでもTDMを利用し、L27直行表を用いて5つの設計パラメータに絞り込んだことで、27回のFEM解析のみで、全設計パラメータを網羅した検討ができ、大幅に省力化できたという。

 最後に、同社も参加するスーパーコンピューティング技術産業応用協議会(ICSCP)の取り組みについて紹介。こちらはHPCに携わる企業たちが自発的に集まる非営利な団体で、セミナーやスクールも主催しているので、HPCの導入を考えている方は、こちらも活用したい。

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