日本のモノづくりは「残り5%」で勝負せよ:モノづくり最前線レポート(21)(1/2 ページ)
iPhoneはガラパゴスケータイと大差ない!? コモディティ化速度の速い市場でも強い企業は何が違う? 日本が目指すべき価値づくりの指針とは
2010年6月30日、ITmediaエグゼクティブ主催ラウンドテーブル「日本の製造業に求められる技術経営と価値づくり〜グローバル化の本質を考える」が開催された。本稿ではその模様を紹介する(編集部)
2010年6月30日、ITmediaエグゼクティブ主催ラウンドテーブル「日本の製造業に求められる技術経営と価値づくり〜グローバル化の本質を考える」が開催された。ラウンドテーブルでは、一橋大学 イノベーション研究センター教授 延岡 健太郎氏による日本の製造業が目指すべき価値作りの方向性についての講演から始まった。
当日の来場者は、自動車や家電製品メーカー、製薬メーカーなど、日本の製造業の最前線で活躍されている方々。延岡氏は来場者に向けて、「もはやコスト、品質と付加価値の向上には相関関係はほとんどないといってよい」と、市場が求める製品価値が「より高機能のよいものを安く提供する」、つまり品質・コスト至上主義ではないことを強調するところから切り出した。
日本の製造業大手企業の多くは研究開発力と技術力の高さを誇ってきた。そこが品質や付加価値を生んでいたことは間違いないが、いま勢いのある海外企業は日本企業とはまったく異なるアプローチを取っている。
「例えば、台湾のAcerは研究開発には一切の関心がない、と明言しています。そして、意思決定スピードこそが同社の強みである、と考えています。意思決定が早いからこそ、同社には技術を持つ企業から多数のアライアンスの話が届くようになったというのです」。
サムスン電子に代表される韓国系の電子・電気系メーカーも同様の戦略であることが広く知られている。リターンを得るまでのリードタイムが長く、結果が見えにくい研究開発を自社で行うことを放棄することで、さまざまな別の領域への投資を行っている点が特徴だ。
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翻って、日本の企業はどうだろうか。他国企業の動向を見て「擦り合わせ開発などという古い日本のモノづくり体質が日本企業を弱体化させた、グローバルでは日本的モノづくりは通用しない」などと右往左往している状況はないだろうか。ボリュームゾーンを狙ったモノづくりをするために、今ある技術を捨てるようなことになってはいないだろうか。
ここで延岡氏は「短絡的に新興国の動向に追随する方向に向かうのは危険」と警鐘を鳴らす。
延岡氏は、「他国のライバル企業のこうした状況を頭では理解しているのに、どうしてもコストや品質、技術の追求に走ってしまう。これはもはや体質といってもよい」と、日本のモノづくりの特性が一朝一夕に変わるものではないことを指摘した。ムリにライバルの動向に追随することで、日本のよさを失ってしまっては元も子もない、体質に即した方法を考えるべきだという。では、どの地点を目指すべきなのだろうか。
「付加価値」を考える
延岡氏は、80年代のモノづくりにはあった「価値づくり」がいま提供できていない理由を、バイクを例に分かりやすく示した。
「80年代、日本製のバイクは世界中で大人気になりました。当時、日本製のバイクは『壊れない』という点を評価されていました。壊れないバイクに価値があると市場が認めたからこそ、人気があったのです。現在、バイク市場でいうとハーレー・ダビッドソンのようなスタイルのある製品が人気です。電子デバイスではAppleの製品が人気ですね。いずれも、80年代の日本製バイク程度には『壊れない』品質を持っています。ハーレー・ダビッドソンについては、その製品イメージもあって根強いファンを持っています。つまり、80年代に差別化に貢献していた『品質』は2010年代のいま、差別化のポイントにはなっていない、価値とみなされていないというだけのことなのです」。
付加価値には、意味的価値と経済学的な価値の2つの意味がある。経済学的な価値を、ごく簡単にまとめると、実際のコストからどれだけ高く売ることができるか、ということだ。純粋な原価ベースでの等価交換以上に支払う価値があると市場に認められるかどうか、が価値を高めるポイントとなる。
延岡氏はこうした価値の上乗せを「日本人が苦手な発想」と断言。日本人的罪悪感のとらえ方に独特のものがあると指摘した。
「日本人のほとんどが、100円で売れるものを130円で買わせることには罪悪感を持ってしまう。しかし、他国では状況は異なります。とある海外企業では、新人研修で、いかに30%高い値段で客に販売するか、について真剣に教育しています」。
いうまでもなく、グローバルではこうした文化の国々とも競争することになるのだが、日本的感覚では、表面的にこうした発想に追随したとしても、日本らしさを押しつぶすことにしかならない。経済的な付加価値を提供するものこそが「意味的価値」であり、それはつまり、80年代の日本製バイクが持っていた品質であり、ハーレー・ダビッドソンが持つ独特のスタイルである。
延岡氏は、意味的価値のみの追求を否定する一方で、経済的な付加価値の裏付けを持つ意味的価値作りに日本のモノづくり復興のヒントを見出している。
iPhoneは紛れもなく「ガラパゴス」ケータイ
延岡氏はまた、日本的な製造業のあり方についての安易な批判的言説が流通していることについても苦言を呈した。
「日本のモノづくりはよく携帯電話を例に『ガラパゴス』と否定的に表現されるようですが、ガラパゴス化そのものは、そんなに悪いことではありません。いまやマイクロソフトを超える企業となったApple製品はどうでしょうか。iPhoneなどは独自OS、独自ハードウェアに独自の独占的なサービスで構成されており、キャリアとの関係は別としても日本の携帯電話ビジネスと同じ程度にはガラバゴス的と言えるのではないでしょうか」。
たしかに、Appleの提供するiPhoneやiPadは日本の電子機器メーカーに「黒船」のような衝撃を与えた。日本の優れた携帯電話の技術はなぜiPhoneに負けたのか、という問いに対し、「日本の携帯電話市場が独自の発展を遂げてしまった『ガラパゴス』のような存在だから」という答えが示され、一気に広まった。
しかし、携帯電話端末として世界中で成功しているiPhoneはどうだろうか。OSは独自開発、デバイスも決してオープンではない。アプリケーション提供も独自のプラットフォーム上で動作するものに限定し、自社の審査を経由しなければならない。こうして考えると決して日本の携帯電話の状況と変わりがないことが分かる。
つまり、日本のモノ作りはガラパゴス的だから、という逃げ口上はまったくもって通用しないことが明らかなのだ。
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