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微細加工は腕自慢じゃない。飯の種なんだ微細加工の現場(3)(1/3 ページ)

設計者が通常、直接見る機会を得づらいだろう加工の現場を取材していく。自分の設計した部品が、いったいどのような方法で具現化されているのか、実感するためのヒント提供はもちろん、モノづくりの純粋な楽しさも伝えられれば幸いだ。(編集部)

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 入曽精密は航空・宇宙や自動車関連の精密部品を製作するメーカー。そんなお堅い路線を行く一方で、「一辺が0.3mmしかないサイコロ」「100μmの目盛りが刻まれた定規」「国宝仏像のメタルオブジェ」など妙な微細加工商品を生み出し、日々、マスメディアを騒がしている。あまりにユニーク過ぎて、「これ、何に使うの?」「売れるのか?」と思うものまで……。とにかく、元気過ぎ!

 今回は、そんな同社の有り余る元気を読者の皆さまにおすそ分け。ワクワクする加工品とともに、ニッポン製造業を元気にするツボを探る。

世界最小(たぶん)の切削加工製サイコロ

 入曽精密の製作したサイコロの初代品は、一辺が12mm。これは単に6面を削っただけのものだった。しかし後から「サイコロたるもの、6面が同確率で目が出るべし」というサイコロのセオリーを知り、その製作方法を探究。精密な四角錘(すい)を6つ組み合わせ、かつサイの目の形状をコントロールすることで、重心位置を定めた。6つの四角錘を組み合わせたとき、設計理論上中心から各底面までの距離の一致度は、99.99999999%になる。

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世界最速のサイコロ(写真提供:微細工房)

 この四角錘の原理は数学の論文で証明されているそうだが、入曽精密の斎藤清和社長はその存在をまったく知らず、長年の経験によるインスピレーションで思い付いた。しかも同社のサイコロ、この精密な設計を買われ、平成19年度高等学校教科書「高校の数学A」にも掲載された。これが「世界最速のサイコロ」(完全版)と同社が呼ぶ商品で、価格は4万9875円也。

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世界最速のサイコロ CAD画面(写真提供:微細工房)

 さらに同社のサイコロは、驚愕(きょうがく)の進化を遂げる。

 「この辺に。これよ? ……見える? これよー? これ。ちょこっとあるでしょ? これ、サイコロなんだよ」――実物大のサンプルを目の前に、製作した本人である斎藤社長自らが記者に説明してくださった。しかし肉眼ではホコリか虫にしか見えない。顕微鏡でのぞいてみると……、確かに、サイコロ。この一辺の長さはわずか0.3mm。なんと、人の指紋幅と同じくらい。

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極小サイコロ 顕微鏡写真:ちょっと待って。顕微鏡のワーク面に埋もれていませんか!?(写真提供:微細工房)

 とにかく微細さを追求していったら、このようにあり得ないサイズへ。

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極小のサイコロ 顕微鏡写真

*** 一部省略されたコンテンツがあります。PC版でご覧ください。 ***

 「御社が持っている一番小さなエンドミル、径はいくつ?」と、斎藤社長がエンドミルメーカーに問い合わせたところ、出てきたのがφ60μmのボールエンドミルだった。当時から世の中に存在してはいたものの、カタログに載せていなかったという。なぜかといえば、その上のクラスのエンドミルが、そもそも売れていなかったから。「いったい何に使うのって思われたみたい」(斎藤社長)。

 12mmのサイコロを作ったときは、φ2.5(φ2500μm)のボールエンドミルを使った。それ対し、60μmはその40分の1。12mmの40分の1とすると、0.3mm。そういうわけで、このサイコロの1辺は0.3mmになった。

 この極小サイコロの価格、1ついったいいくらになるのか?

 「ん? 安いよ? 1つ20万円(19万9500円、税込)。1つが、0.00016グラムなのね。だから1グラムにするには、6250個必要なの。つまり耳かき一杯分が12億5千万円」(斎藤社長)。――全然安くないです! それ、いったいどんな人が買うんですか? と、思わず尋ねてしまう。1グラムだと、記者の給料では一生かかっても支払えない。

 「いままで、0.00048グラムだけ売れたよ。買った人? いままで3人いたねぇ」(斎藤社長)。これらはおそらく、加工技術サンプルとして買われたらしいとのこと。ただ、サンプルを分析し加工方法が分かったとしても、それが製作可能かどうかは、別問題。

 「おそらく切削加工で作ったサイコロでは世界一の小ささだと思う。そうだとしても、5年以内に、自分で記録を塗り替えようと思ってっけど」と斎藤社長はいう。

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入曽精密 代表取締役社長 兼 微細工房 代表取締役社長 斎藤 清和氏

 入曽精密が製作するサイコロは、“誰にも分かりやすいすごさ”がある。しかし中には、「くだらないことに多額のコスト掛けて……」「普通、そんなことやる時間なんてないでしょう」と思う人も、いるのかもしれない。「ギネスに挑戦したいわけじゃない。あくまでこれは、俺たちの飯の種なんだ」(斎藤社長)。同社の挑戦は決して“自己満”なんかではない。加工業界のモチベーションを高めることでその価値を高め、日本の製造業を元気にするための活動である。「ロマンはどこだ」と常に追い求めながらも、しっかりと地に足を着け、そのロマンを実際に具現化する。

 「自分たちの技術を鋭く研ぎ澄まして、みんなにその価値を知ってもらうことが、俺たちにとっての一番大きいメリットだと思ってる。加工業界の技術は、すごいんだ。無限にあるんだって、常に訴えていきたい。日本のアセンブリメーカーの研究者や設計者、……要は、図面を描く人たちに、こんなにも微細な物が作れるんだって、もっともっと知ってもらいたいんだ!」(斎藤社長)。

 実は、このサイコロに使われたエンドミルのメーカーも、“サイコロ効果”の恩恵をさずかっていた。サイコロがメディアに取り上げられることでメーカーの知名度が上がり、60μmのエンドミルも売れるようになったという。斎藤社長の思惑どおり、“世界最小のサイコロ”に刺激を受け、モチベーションを高めた技術者たちが続々と現れた証拠だ。

サイコロの発端は、表札だった

 そもそも、同社がサイコロを作ろうとした1つのきっかけとなったのは、同社製作の表札。切削加工業の人は、なぜか一般向け商品として表札を作りたがる……。かつての入曽精密も、その1社だった。ただ、同社の表札はちょっと変わっていて、その隅にサイコロのオブジェが埋め込まれていた。そのサンプルを見て、「このサイコロの部分だけ作ってみましょうよ!」と提案した、ちょっと変な人がいた……。斎藤社長は、人の縁で、“その彼”とたまたま出会った(出会ったきっかけについては関連リンクを参照)。

 当時はユーザー企画型モノづくり&通販サイト「たのみこむ」(エンジン社 運営)のWebマスターだった内田 研一氏(現・入曽精密)だ。

 「素直が一番!」である、斎藤社長。「よーし、作ってやろうじゃない!」と同氏のユニークな提案に快く乗ることにした。

 「素直に、面白いなぁって思えば、俺はやるの。変に凝り固まっちゃダメ。工作機械って、“工作をするための機械”なんだよね。それなのに、工作機械を使っている製造業はさ、“工作”をやっていないの。お客さんから図面をもらって物を作るだけが自分らの仕事だと思ってる。本当は、お客さんから頼まれて作ってもいいけれど、自分たちで考えて自由に作ったっていいはずなんだ」(斎藤社長)。

 しかし、「サイコロを作るぞ!」と入曽のスタッフたちに宣言する際は、さすがの斎藤社長も「さ、サイコロ作るからね」と、言葉が詰まってしまったという。


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