車載ソフトウエアの標準化団体であるJasParは2010年2月、都内で記者会見を行い、自動車の「走る」、「曲がる」、「止まる」など、走行系の機能を制御する制御系ソフトウエアに用いる車載制御基盤ソフトウエアの開発成果を発表した。また、この車載制御基盤ソフトウエアを部分的に適用した3台の試作車を披露した(写真1)。
JasParは、2007〜2009年度にかけて、経済産業省の支援の下、自動車向け共通基盤ソフトウエアの開発事業を進めてきた。同事業は、自動車の電動化や高機能化により、規模が増大している車載ソフトウエアの開発を効率化することを目的としている。
日産自動車のEV技術開発本部 EVパワートレイン開発部 エキスパートリーダーでJasParの副運営委員長を務める安達和孝氏は、「車載ソフトウエアの規模は、最新の高級車であれば、コード行数に換算して7000万行に達している。そして、2015年には、1億行に到達すると見られている。これまでの車載ソフトウエア開発は、各社の仕様に沿う形で、独自開発を必要とする部分が大半を占めていた。しかし、車載ソフトウエアの規模の急速な拡大に対応するには、各社が共通して利用できるような基盤ソフトウエア(BSW)を用意し、開発を効率化する必要がある。JasParでは、このBSWについて、3つの領域に分けて開発を進めた」と説明する。3つの領域とは、車載制御基盤ソフトウエアの開発、開発ツールの開発、開発プロセスの確立のことを指す。
試作車で成果を確認
車載制御基盤ソフトウエアの開発では、欧州の車載ソフトウエア標準規格であるAUTOSARをベースに、制御系ソフトウエアに最適化した「JasPar仕様」のBSWを開発した。このJasPar仕様のBSWについては、標準的なAUTOSAR仕様のBSWと比較して、信頼性、使用性、効率性について高い評価結果が得られたという。
開発ツールの開発では、国内企業が得意とする“すり合わせ開発”の強みを生かせるような、設計から検証までのツールチェーンを確立した。そして、JasPar仕様に適合する車載ソフトウエアを自動生成するツールも開発した。これらのツールは、開発に携わったイーソル、チェンジビジョン、アドバンスド・データ・コントロールズの3社が、2010年中に発売する予定である。
開発プロセスの確立では、車載ソフトウエア開発に必要な技術者のスキルを定義することにより、スキルの「見える化」を実現した。また、技術者のスキルと開発の進捗状況の相関を分析することで、開発効率を向上する仕組みを構築した。
そして、これらの開発成果を評価するために、JasPar仕様の車載ソフトウエアを適用した車載制御システムを備える試作車を開発した。試作車は3台あり、それぞれステアリング系制御、ITS(高度道路交通システム)系制御、安全制御のシステムが搭載されている。ベースとしたのは、ステアリング系制御システムが日産自動車の「フーガ」、ITS系制御システムが本田技研工業の「レジェンド」、安全制御システムがトヨタ自動車の「レクサスLS460」である。
まず、ステアリング系制御システムでは、機械的な応力を用いずに、モーターを電子制御することでステアリングの操作が行える「ステアバイワイヤーシステム」を開発した。このステアバイワイヤーシステムは、車軸上に設置される転舵側のモーターを制御する2つのECU(電子制御ユニット)、ハンドル側のモーターを制御する2つのECU、ステアリングシステムの情報をほかのシステムに伝えるゲートウエイECUの5つのECUで構成される。これらのECUは、次世代車載LAN規格であるFlexRayを2チャンネル使って互いに接続されている(写真2)。
そして、ステアバイワイヤーシステムの制御を行う車載ソフトウエアとして、AUTOSARやJasPar仕様などの標準規格に準拠しない既存の手法によるものと、JasPar仕様に準拠するものを開発し、それらの性能を比較した。既存の手法による車載ソフトウエアの場合、CPUの使用領域は67%、ROMの使用領域は32%、RAMの使用領域は58%を占めた。一方、JasPar仕様に準拠する車載ソフトウエアを用いた場合、CPUの使用領域は78%、ROMの使用領域は45%、RAMの使用領域は75%となった。JasParは、「JasPar仕様に準拠する車載ソフトウエアは、性能優先で開発した既存の手法による車載ソフトウエアと比べても、使用領域のパーセンテージの差は11〜17ポイントにとどまった。JasPar仕様を適用することで、限られたリソース内においても、汎用性/再利用性に優れる車載ソフトウエアを開発できる」としている。
一方、ITS系制御システムでは、レジェンドに搭載されているアダプティブクルーズコントロール(ACC)システムとメーターシステムを対象とした。具体的には、ACCシステムのECUとACCシステムによる走行結果を表示するメーターシステムのECUについて、JasPar仕様に準拠する車載ソフトウエアと、AUTOSARに準拠するBSWを用いた車載ソフトウエアを開発し、それらの性能を比較した(写真3)。なお、ACCシステムの動作にかかわる、ミリ波レーダーECU、エンジン制御ECU、ブレーキECUについては、既存のハードウエアと車載ソフトウエアを使用している。その結果、JasPar仕様に準拠する車載ソフトウエアは、AUTOSARに準拠するBSWを用いた車載ソフトウエアと比べて、CPU負荷を39%、ROM容量を38%、RAM容量を64%削減することができた。さらに、ACCシステムのECU向けに開発したJasPar仕様に準拠する車載ソフトウエアは、現行のレジェンドに搭載されているACCシステムのECUのハードウエア上でも動作することを確認した。
「既存の車載ソフトウエアを、AUTOSARに準拠する車載ソフトウエアに置き換えようとすると、より高性能のECUのハードウエアが必要になると言われている。しかし、レジェンドのACCシステムについての開発成果から、32ビットマイコンを用いている高性能のECUであれば、既存の車載ソフトウエアを、JasPar仕様に準拠する車載ソフトウエアで置き換えることが可能なことがわかった」(JasPar)という。
安全制御システムでは、レクサスLS460に搭載されているプリクラッシュセーフティシステムなどの安全システムにかかわる部分について、JasPar仕様に準拠するBSWを用いた車載ソフトウエアを開発し、その性能を評価した。具体的には、前方ミリ波レーダー、ステレオカメラ、ドライバーモニターカメラ、後方ミリ波レーダーという4つのセンサーECUと、これらのセンサーECUと連動して安全システムの制御を行う運転支援ECU、合わせて5つのECUをFlexRayで接続したシステムを対象としている(写真4)。JasPar仕様に準拠する車載ソフトウエアは、同じシステムに対してAUTOSARに準拠するBSWを用いて開発した車載ソフトウエアと比べて、CPU負荷を20%、ROM容量を18%、RAM容量を23%削減することができた。
(朴 尚洙)
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