組み込み技術者育成のいま 〜はこだて未来大学の取り組み〜:Windows Embeddedセミナーレポート(2)(1/2 ページ)
はこだて未来大学が産学連携で行っている組み込み技術者人材育成の取り組みが、Windows Embeddedセミナーで語られた。
組み込み技術者は、ハードウェアとソフトウェア両面での知識(基礎〜応用)をはじめ、問題解決スキルやコミュニケーション力など、さまざまな能力が求められる。だが大学など教育機関で、このような組み込み技術者を育成する取り組みを体系的に行っているところはまだ少ない。
マイクロソフトが昨年(2009年)11月から展開している「“Windows Embedded”組み込みセミナー」では、同社が大学教授らとともに進めている組み込み開発者コミュニティ「エンベデッドフォーラム」のコアメンバーをセミナー講師に招いて、各地の大学での組み込み技術者育成の様子が語られている。
本稿では昨年12月17日に札幌で行われたセミナーから、公立はこだて未来大学が産学連携で行っている組み込み技術者人材育成の取り組みについて、同大学 情報アーキテクチャ学科 准教授の長崎 健氏が紹介した講演内容を中心にお伝えする。
組み込み技術者を育成する「実践的IT人材育成講座」
はこだて未来大学では、複数の企業からの寄附と指導の支援によって運営される寄附講座として「実践的IT人材育成講座」を3年前から開設。実際のビジネス現場で要求される知識とスキル、問題解決からモデリング、さらにはコミュニケーションやリーダーシップといった力を兼ね備えた“実際のビジネス現場で必要とされる人材”を育成するプロフェッショナルコースとして展開している。
同講座にはエンタープライズ系と組み込み系の2つの領域があり、長崎氏は組み込み系を担当している。
「講座は自由参加で、授業に出たからといって単位が出ているものではない。それだけに受講する学生は、とてもやる気のある人ばかりで、そういったマインドを持った学生は成長も著しい」(長崎氏)。
はこだて未来大学で教鞭(べん)を執る前は、企業でハードウェア設計を行うなど組み込み技術者としての経歴を持つの長崎氏は、以前から組み込みシステム開発にはハードウェアとソフトウェアの知識が重要ということを実感していたという。
「そのため、実践的IT人材育成講座の初年度(2007年度)は難しいことから始めず、基礎的な演習を中心に行ってきた」(長崎氏)。
初年度は失敗の連続
同講座では初年度、H8マイコンとSmalight OS(ルネサス北日本セミコンダクタの組み込み用リアルタイムOS)をベースに、イーサネットドライバやCFのアクセスなど、小規模な組み込みシステムを学生に作らせていたという。
ただし「実際に役に立つものも学生に作らせたい」という思いもあり、長崎氏と一緒に教えていた和田 雅昭 准教授の研究テーマであった「漁船向けデータロガー装置」の開発や、学生からの要望であったオーディオプレーヤーの試作などにも取り組んだという。
「初年度ははっきりいって失敗だった。前期は勉強で終始してしまい、後期も前期の勉強をふまえたうえで作らせようとしたのだが、私たちの経験不足もありソフトウェア開発がほとんど進まず、中途半端に終わってしまった」(長崎氏)。
長崎氏は初年度の反省点として「作るものの意味を学生が考えないカリキュラムを組んでしまった」ことを挙げる。
「学生は素直なので、これを作ってといえば作る。ただし、その製作物がどういうところでどのように使われるかというのは考えずに、いわれたとおりに素直に作ってしまう。結果として意味の分からないものができたり、オーディオプレーヤーのようなすでに自分でも使っている身の回りのものでさえ、比較検討をせずに開発に入って失敗していた。つまり“サービスを考える”という視点が不足していた。こちらもその点を強く指導できなかった」(長崎氏)。
考えさせた次年度、ただしハード設計の壁が……
初年度の反省を踏まえ、次年度(2008年度)は「学生に考えさせた」という長崎氏。
「カリキュラム自体はそれほど変えていないが、基本的な座学以外はとにかく“モノづくり”をさせよう、ということを心がけた。何のために開発しているのか、これによってどのような効果があるのか、ということを学生に考えさせた」(長崎氏)。
ただ、テーマ選びには苦労させられたという。
「大学で組み込みをテーマにするとき、一番困るのは“題材をどうするか”。2008年度もテーマをどうするかということで、結局、私や和田先生のそれぞれの研究テーマを持ち寄った」(長崎氏)。
そのため初年度に続き、小型漁船向けデータロガー装置の製作を実施。「初年度は結局、ハードウェアのデバッグも終わっていなかったことやそもそもまともに動かなかった」(長崎氏)というハードウェアは教師側が作り直して、ソフトウェアの開発を学生にやらせたという。
漁船向けデータロガー
ナマコの漁獲高が多い北海道では、漁船によるナマコ漁が盛んだ。ナマコ漁船は海底にカゴを引っ張って漁をするので、カゴが引っかかるような場所では漁ができない。つまりナマコ漁には、海底地形図がとても重要になってくるのだ。
漁師はその海底地形図を購入したりしているのだが、もともと漁船には魚群探知機やGPSなどが装備されている。これを活用すれば海底地形図が自前で作れ、しかも最新のものを入手できるので漁に役立つのではないか、というのが漁船向けデータロガーの研究テーマだ。
「漁船向けデータロガーに要求されていた機能としては、自動化してほしい、精度の高い情報を得てほしい、という点。これを学生に課題として提示した」(長崎氏)。
それまで開発していた漁船向けデータロガーは、魚群探知機とGPSのデータをボードコンピュータで受けて、メモリカードにファイルとして書き出し、漁船から降りた後にそのデータをパソコンに入れて解析するという流れだったが、そんな面倒なやり方ではなかなか漁師に活用してもらえない。
そのため長崎氏は、データをイーサネットから無線LANのブリッジを介してデータを転送するというシステムを学生向け課題として考案した。
「船が港に近づいてきたら、自動でデータが無線LAN経由でパソコンに転送されるようなものを考えた。学生には無線LANのブリッジを接続できるようにイーサネットを搭載するのと、精度を高めるために加速度センサを搭載することを課題とした」(長崎氏)。
結果としては、ハードウェア仕様はある程度固めていたのでハードはすぐ動き、Smalight OSの実装もすぐできたのだが、学生が新たに開発したFTPサーバやHTTPサーバでつまずいたという。
「Smalight OS上にどう載せるか、また動かなかったときにどこが悪いかを調べるデバッグに手間取った。ソフトウェアだけの開発だったが、多くの時間がかかった」(長崎氏)。
演習教材も学生自身に作らせる
はこだて未来大学では学部2年生のときに、マイコンプログラミングを行う「情報アーキテクチャ演習II」という授業があるが、そこで使われている教材が古くなってきたということもあって、これを寄附講座で作らせてついでに学生に授業設計もさせようという取り組みも2008年度に行われた。
「学生に検討させる際に、“学生が喜ぶ教材を作ってください”と指示。アンケート調査をさせて学生の声を採取し、そこからどんな問題があってそれをどう解決していったらいいか、というのを考えさせた」(長崎氏)。
このアンケートの調査結果から、学生は授業を楽しいとは思っていたがそれ(教材)を継続して使いたいとは思っていなかった点や「楽しいけど難しい」と考えていることなどが分かったという。
解決策として学生が考えたのは“教材に興味を持たせること”だったという。
「興味を持たせるために学生が何を改善したかというと、教材の表示けた数を増やすことで装置の表現力を向上。ブザー音もBEEP音からきれいな音にしてメロディも奏でられるようにしたほか、Wiiリモコンのように傾きが分かると面白いのでは、ということで加速度センサを搭載したり、マイコン同士で通信ができたら面白いのではということで赤外線発光部・受光部を新設した回路設計からボード製作、授業計画まで持たせたのだがハード作りに大変時間がかかり、最後に大騒ぎするという結果だった」(長崎氏)。
このほかにも2008年度は「日本の海産物・農産物をドバイに送ろう」というテーマから、コンテナ内の海産物・農産物の鮮度を維持するエチレンの濃度を管理するモニタリングシステムを設計させたり、自動車の後方安全確保のためにLED発光装置とカメラを組み合わせた障害物の測距実験装置を開発する、といった少し難しいテーマにもチャレンジさせたという。
「2008年度はいろいろな課題を試してみたが、どれもハードウェア設計の段階で勉強の時間が多く必要となり、完成までに至らなかった。要求を満たすハードウェアを考えるときに、実現方法が思いつかなかったのだ。このあたりを学生に求めるのは難しいのかなと反省した」(長崎氏)。
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