パリジェンヌたちを魅了するオイゲンの鋳物:経済研究所 研究員は見た! ニッポンのキカイ事情(2)(3/3 ページ)
経済研究所の研究員が、さまざまな切り口で加工技術や現場事情を分かりやすくレポートするシリーズ。よりよい設計をしていくために、加工事情について知識の幅を広げていこう。(編集部)
久仁子氏は、
「若い頃、鋳造現場で働いた経験から『自社技術の特徴』を考えて商品開発/デザインをしている」
と述べています。
まさに「青年時代に東京で学んだデザインの知識」「現場での下積み時代に血と汗と涙を流しながら手にした鋳造技術」「経営危機の中で周囲の反発に遭いながら断行した組織改革」「はるかな欧州の地で得た新たな顧客ニーズ」が1つになることで数々のOIGENブランドが世界に向けて発信されていったのでしょう。
なお、久仁子氏はフランスでは「Madam Oigen(マダム・オイゲン)」と呼ばれているそうです(写真7)。
「Madam」のもともとの意味は「女主人」です。筆者はその言葉の中には900年の伝統技術を背負わんとする女主人としての「気品」、そして、それ以上に「強さ」この2つの意味が込められていると感じています。
同社内の事務員の多くが「奥州地域の南部鉄器企業・職人の『技術』や『生産設備』を把握しようとしている」という特徴があります。そうした企業ネットワークをフルに活用して、地域の職人がそれぞれ異なった鉄瓶を造っていく「南部鉄瓶 源十郎シリーズ」のような製品も発表しているのです(写真8)。
ここにも900年の伝統技術を背負わんとする女主人の姿が垣間見えるのではないでしょうか。現在、同社は年間1000種類の鋳造製品を製作し、毎年新たに5〜10の新製品を発表していることを付け加えさせて頂きます。
3.その眼差しから学ぶこと
筆者は常日頃から多くの設計者・技術者の方々とお話させて頂く機会に恵まれています。その中で、日本特有といわれている「職人気質」には功罪両面があると感じています。製品の機能や加工技術の精度を向上させることにかけて、日本の「職人気質」は他国の追随を許さない強力な武器になるのは事実です。ただし、そうした気質は得てして設計者・技術者の視野を狭くさせ、「製品・技術は顧客のニーズに立脚するもの」という大原則を見落す要因にもなってしまいます。結果、「製品機能や技術力の向上」という「手段」が「目的」になってしまうのです。日本の携帯電話が「多機能化・ガラパゴス化」して、「国内でしか売れない」のはその最たる例だと思います。
今回紹介した及源鋳造の事業は華やかな次世代産業・先端産業に区分されるものではありません。むしろ、コテコテの伝統産業に分類されてしまうでしょう。ただし、久仁子氏は南部鉄器の伝統的な鋳造技術を顧客・市場のニーズに照らし合わせることで発展・向上させてきました。そして、その眼差しは常に「世界」を見据えています。こうしたマダム・オイゲンの眼差しには、国内の設計者・技術者すべてにとっての重要な示唆が含まれているのでは、と考えています。
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