技術信仰だけでは勝ち残れない時代のイノベーション戦略:戦略構築のためのライフサイクル管理論(1)(2/3 ページ)
自社の製品開発戦略をしっかり把握しているでしょうか? 製品開発・生産技術の効率化を追求していたとしても、しっかりとした戦略とマネジメント意識がなければ意味がありません。本連載では、マネジメント技術としてのライフサイクル管理を考えていきます。
自社のコアコンピタンスを生み出す製品の情報をマネジメントする
現在、多くの企業で経営マネジメントに使われている情報として、売上高や経常利益率、成約件数や在庫回転率、歩留まりや顧客動向など、さまざまなマネジメント指標が使われていると思います。
一般的に認識されている財務・管理会計や生産管理の経営マネジメントの情報の多くは、実は過去の結果報告でしかありません。製造業の未来を決めるのは、自社のコアコンピタンス(注)を生み出すプロダクトにほかなりません。
しかし、自社プロダクトの情報を効果的に集め、経営マネジメントに生かされている企業はほんのわずかです。過去に起こった事象の情報を集めることで反省はできますが、未来の方向性をコントロールすることはできません。
自社の未来をコントロールするための3つのポイント
未来の方向性をコントロールするには、これから生み出す企業のコアコンピタンスであるプロダクトの情報をマネジメントしていく必要があります。そのために必要なものが、ビジネスモデルとしてのプロダクト・ライフサイクル・マネジメントです。
市場環境の変化に柔軟に対応するために、プロダクト・ライフサイクル・マネジメントを実現するためのポイントとして次の3つが挙げられます。
- 自社の製品のステージの把握
- ライフサイクルにわたる情報管理基盤の整理
- 変化を経営指標として把握するための仕掛け
以降では、この3つのポイントについて詳しく見ていきましょう。
注:コアコンピタンスは、ゲイリー・ハメルとC・K・プラハラードによって提唱された概念。提唱者のゲイリー・ハメル(Gary Hamel)とC・K・プラハラード(Coimbatore K.Prahalad)は、Harvard Business Reviewに掲載した論文「The Core Competence of the Corporation」(1990年)で、『コアコンピタンスは組織内における集団的学習であり、特に種々の生産技術を調整する方法、そして複数の技術的な流れを統合するもの』と定義した。
ポイント1:自社の製品のステージの把握
自社の競争力強化を検討する場合、自社製品が市場のどのステージに置かれているのかで打つべき企業戦略が異なります。
企業が成長期であるのか衰退期であるのかによっても戦略が異なってきますし、自社の問題が新製品開発プロセスにあるのか量産品の変更手順にあるのかによっても対処すべき問題点が異なります。
例えば、作り出す製品の品質やコストには競争力があるが、新製品開発のプロセスに問題を抱えているため市場に対して新製品のリリースサイクルが長く、競合他社に常に後れを取っている場合は、独創的なアイデアを出すための情報をいかに収集し、図面が作成される前の構想設計の段階で短期間にどれだけ多くの検討を行えるのかがカギとなります。
また、設計力を強化せずともマーケティング戦略を強化することで自社の製品を魅力的にアピールし、製品の上市は遅くとも、顧客にとって魅力的な製品を市場に出すことで企業の競争力を強化することも可能です。
片や、新製品のリリースは先頭を切ることができないが、生産の柔軟性を強化することで、迅速な設計変更による製品機能の強化や、矢継ぎ早にシリーズ製品をリリースする戦略を取るといった「二番手戦略」で市場における競争力を持つことが可能です。
もちろん、企業戦略は製品戦略やマーケティング戦略および生産戦略や財務戦略などの最適なバランスを考える必要がありますが、大きく分類すると製品開発力の強化やマーケティング戦略は市場に対する攻めの戦略に対し、サプライチェーン強化や財務戦略は守りの戦略といえます。
顧客に対し魅力的な製品がないにもかかわらず、在庫コスト削減のみに注力しても多くの場合業績は回復しません。
市場が自社の製品に興味を持っていないことに気付かないまま、社内のコストを削減し、在庫の最適化や資産の売却を行って短期的な財務諸表の改善を行っても結果的にこの会社は市場から見放されることになります。
また、製品が売れているのにもかかわらず、次々に新製品を出すのは自社内での製品のつぶし合いをするのと同じで意味がありません。
やはり、前者の場合は魅力的な製品を生む出すために新製品開発のプロセスの改革が必要になるでしょうし、後者の場合は売れている製品の評判を落とさないためにも品質の維持・向上と原価の低減に注力すべきといった施策を選択すべきでしょう。
もちろん、攻めの戦略も守りの戦略も高い次元で最適に融合できていればいうことはありませんが、実際にはこのように恵まれた企業はまれで、何らかの課題を抱えているのが普通です。
打つべき施策の優先度を考える場合、自社の考える市場と自社の製品の状況の2軸における成熟度を考える必要があります。
ポイント2:ライフサイクルにわたる情報管理基盤の整理
PLMシステムで管理されるデジタル・データは企画や設計といったモノづくりの上流工程で作られたものを、さまざまな部門で加工され活用されていきます。
設計部門で作成された「製品の作り方」の情報が、生産部門では「間違いなく作れるように」、購買部門では「良いものが調達できるように」、販売部門では「製品の情報を正しく伝えるように」加工されて使われていきます。
しかしこれらの情報がライフサイクルにわたって一元管理され整合性を持って必要な人に必要とする情報を提供できる環境は多くの企業では実現できていません。
企業活動の中でマネジメントしていかなければいけない情報として、経済活動の結果として発生するお金の流れと、その経済活動を実現するために必要な製品情報の流れがあります。
お金はERPで管理しているけれど……
お金の流れは多くの企業でしっかりとマネジメントされています。
財務会計システムを使って、B/S(貸借対照表)やP/L(損益計算書)およびキャッシュフローの情報を簡単に確認できる仕掛けは多くの企業で実現されています。
また、ERPを導入している企業では、営業部門の売上金額や購買部門の仕入れ原価、および工場における製造原価や人にかかわる労務費などがERPのいわゆる「大福帳データベース」で一元管理されているため、各部門の活動をリアルタイムに把握できます。
ERPのようなシステムがない場合、各部門で発生しているキャッシュの流れを収集し、勘定科目に割り当て財務諸表としてまとめ上げるには多くの人と手間が発生します。これと同じことが製品情報の流れでもいえます。
しかし、実際には製品情報の流れを部門を超えて整合性を持って管理している企業はまれです。実際には部品表1つとっても、Excelに書かれているものもあればNotesに登録されていたり、一部はCADの設計データの中で管理されるといったバラバラの状態で管理されています。
また、製品を生産するために必要な部品表や図面の情報を他部門に伝えるためには、図面をコピーしたりメールに添付したりと、連絡方法もさまざまです。ひどいときには同じ情報をプロダクトのライフサイクルの中で何度も何度も作成するといったムダが発生しています。
このような無駄を省き製品情報の伝達スピードを向上させるとともに、必要とする人に必要な情報を必要な形で提供するための情報システム基盤がPLMシステムです。
コンカレントエンジニアリングの実現
PLMシステムは部門の壁を超えて製品情報を共有することで、コンカレントエンジニアリング(同時進行技術活動)(注)を実現するための情報基盤です。
コンカレントエンジニアリングを実現するために必要な情報としてBOM(部品表)や図面の管理機能(PDM)がPLMシステムに備わっています。
注:開発・設計のプロセスに、生産や購買、品質保証、営業、マーケティング、サービスの各部門、さらには社外の部品メーカーなどが参加することで、これら後工程の情報を開発者にフィードバックして全体的なコストダウンを行うこと。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.