経験10年の設計者の働き口がないなんて:「技術の森」モリモリレビュー(1)(1/3 ページ)
モノづくり系Q&Aサイト「技術の森」の投稿の裏に、日本の設計現場の困った現状が……。10年選手の設計者が就職できずにいるって本当!?
「技術の森」は、製造業に従事する人を対象とした設計や加工、生産などについて質問や回答が投稿できるサイトだ。
その運営元であるエヌシーネットワークの宇都宮 茂氏が、「気になるQ&Aがある」と記者に知らせてくれた。その投稿は、自分自身を含む自社の機械設計者の技術レベルについて大きな疑問を持っているという内容だ。「困り度」は泣き顔アイコン付きの「困っています」。投稿時、相当切羽詰っていたようだ。
「機械設計者には材料の特性知識や加工の知識がいると思うのですが、いらないんですか?」――そんな質問が情けなくなってつい説教、あるいは人ごとと思えなくて励ましてみる、などさまざまな回答が寄せられた。
機械設計者は材料の特性知識等が乏しくてもいいのか?
小さな機械メーカで設計として働いています。当社では、1品ものの部材で、顧客の仕様に合わせ実質オーダメイドで機械を造っています。
当社の設計者は、加工の知識がないため現場から「加工ができない」とよくクレームや問い合わせがきます。また材料の特性知識が乏しいため、どんな材料が適しているかわからなく、調べてから返答するので時間を下さいといいます。設計者ならそれくらい頭に入っていて即答できるのではないか?と思うのですが・・・。
機械設計者ってそんなもんなんですか? 強度計算やモータの選定はできるようですが、機械の部材については乏しいです。機械全体を見て、機械として目的を成り立たせるようには設計できるが、部材の知識(材料の特性知識や加工の知識)がないと、最終的に良い機械が出来ないと思います。それは、いくら素晴らしい機械を設計しても、その一つ一つの部材が加工できなければ、その機械を存在させることは出来ないからです。
それに、サビてはいけないところにサビやすい材料を使ってもいけません。しゅう動部分に耐磨耗性が低い材料を用いることも出来ません。
こんなことから、機械設計者には材料の特性知識や加工の知識がいると思うのですが、いらないんですか? 当社の機械設計者だけが知識に乏しいのでしょうか? 他の会社の設計者はどんなかんじでしょうか? 宜しくお願いします。
熱血系 設計指南書「ついてきなぁ!」シリーズを世の中に送り出し、MONOistでも連載記事「甚さんの設計分析大特訓」を執筆する設計コンサルタントで技術士(機械部門:機械設計/設計工学)の國井 良昌氏にこのQ&Aを読んでもらい、意見を伺うことにした。
なお、元生産技術者の視点で書かれた宇都宮氏執筆のレビュー(「技術の森」内)も本記事と併せてご覧いただきたい。
*本記事内の技術の森の投稿内容の転載につきましては、運営元であるエヌシーネットワークの許可を得ています。
ステンレス都市伝説
質問タイトルの「機械設計者は材料の特性知識等が乏しくてもいいのか? 」、まずこの問いに対して、國井氏の答えはノー。「私は、よく設計者という職業を料理人に例えます。料理なら、(料理の本などを見つつ)材料を取りあえずスーパーなどで購入すれば、誰でも作れます。ただし、プロとしてお客さまに出す場合、どういう種の、どこの産地の食材を選ぼうか……というふうに、材料でも勝負します。設計もこれと同じ考え方です」。つまり、勝つ意欲がなければ材料知識は不要だが、材料が見極められなければ、市場で勝てる製品は作れないというわけだ。
最初に来た回答(回答1)の追記には、こんな苦言があった。特に最後の1行は、とても生々しい。
「というか普通設計できない人として試用期間中に切られるとおもう。CADができる=設計ができると勘違いして設計している人が多い。トヨタショックで設計経験10年以上の選手があぶれている状況をみるとゲンナリする」(回答1さん)
また、投稿者と回答1の方との間に以下のようなやり取りが見られた。
「強度計算やモータの選定はできるようですが」(投稿者さん)
「強度計算には材料の選定ができないとできないはずですが? はて? モーターはメーカが計算してくれるのでだれでもできる」(回答1さん)
「材料の選定と言っても、当社では金属ならSUS304がメインなので」(投稿者さん)
「ちなみにSUS304の特性知ってますか? 錆びないといってるようではまだまだですよ。ステンが錆びないというのは都市伝説ですから」(回答1さん)
「知っていますよ。サビないというのは間違ってますね。すみませんでした。サビにくいでした。SUS304は当社では一番多く使うので、その辺は勉強してあります。勿論、どうしてサビにくいのかも調べてあります」(投稿者さん)
編集部注:投稿者による「錆びない」というコメントが見られないので、実際、書いた時点で錆びないと思い込んで書いていたことについて「すみません」と述べていると思われる。
上記はまるで「甚さんの設計分析大特訓」の会話を見ているようでもある。このやり取りを読んで、(ご本人たちはそういうつもりはないかもしれないが)「危うく喧嘩になりそう!?」だと記者も國井氏も感じた。
國井氏はこのように述べた。
「小中学校では『ステンレスは錆びない』と教わります。投稿者たちがいうように、厳密にいえば、これは誤りであって、錆びにくいというだけですが、設計者の中にもそう思い込んでいる人がいます」。「磁石に付かない」もよくいわれることだが、それと同様。
「ステンレスはせん断、曲げ、溶接などの加工をすると、その部分が錆びやすくなり、また磁石にも付きやすくなるなども、工学系の専門教育で教わります。そのとき聞きもらしたのだとしても、職場の先輩から教わるものかと私は思っていたのですが、いまは違ってきていますね」(國井氏)。この投稿者も「調べた」といっているが、投稿に関する一連のコメントを見ている限りでは、日ごろ職場の先輩からノウハウを伝授してもらっているような印象は受けない。
この投稿者は回答2の方の「今のうちに勉強して、本当の意味の素晴らしい設計が出来るように頑張りましょう」という励ましに対して、こんなコメントもしている。
「勉強したいが、お手本がいないし、自分で本を読んで勉強したいが、すばらしい設計者に求められるものは何か? どんな本を選んで読めばいいかわからないです」(投稿者さん)。
技術の森へ業務に関する質問を積極的に書き込みにくる背景には、いまの日本の設計現場に教えてくれる先輩が少ないこともあるのではないかと國井氏は指摘する。「私の若い頃は、こういうことを教えてくれる先輩がすぐ身近にいました。しかし、いまは違ってきています」(國井氏)。
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