“渇望感”を与え、自主性を刺激する理数系人材教育:中・高生のための体験型ロボットプログラミング講座
理数系人材育成を目的にロボットを用いた体験型講座を開設するマイクロソフトとベネッセ。今年度は30校・1000人以上の参加を目指すという。
学生たちの「理数系離れ」――近年顕著化している課題ではあるが、その影響は教育現場に限った問題<例えば、国立大学の工学部の入試で定員割れしてしまうなど>とはいえない。
ご存じのとおり、IT業界を含め、モノづくりの現場では優秀な人材が慢性的に不足しており、将来のモノ作り産業を担う若者たちの理数系離れは、自動車や電化製品など世界に誇る製品を生み出してきた日本にとって深刻な問題といえる。良い製品を生み出すには技術だけではなく『人材』が欠かせない。
こうした課題に対し、マイクロソフトとベネッセコーポレーションは『ロボットを作ろう、動かそう〜四足歩行ロボットで体感する、未来の情報社会〜』という体験型プログラミング学習講座を開設し、中・高生(中学1年から高校3年まで)向けに展開。理数系人材育成の促進に向け協業している。
両社は、同講座で使用する教材やカリキュラムなどの共同開発を2007年12月より開始。単に、ロボットの組み立てから制御プログラミングまでを体験させるというものではなく、プレゼンテーションとレース(コンテスト)からなる成果発表会などを設けることで、生徒たち自らが試行錯誤し、アイデアを形にするという機会をロボット製作を通じて提供している。
マイクロソフト デベロッパー&プラットフォーム統括本部 アカデミックテクノロジー推進部 情報教育推進グループ アカデミックエバンジェリスト 斉藤 仁氏は同講座について次のように話す。「中・高生の早い段階でIT業界へ興味を持ってもらうことを目的に進めてきた。専門知識が必要な一般のロボコンとは違い、理系文系も細分化されていない段階の学生たちがロボット作りに自由に参加できることも特長の1つ」。
同講座のカリキュラムは、「ロボットの組み立て」「ロボット動作プログラミング」「ロボットのデザイン」「ロボット競技・プレゼンテーション」で構成されており、さらに、これらを通じて「理論的および創造的な思考力」「プレゼンテーションなどのコミュニケーション力」「プロジェクト進行におけるチームワークやリーダーシップ」を養うことを目的としている。同講座により、学生たちの理数系分野への興味喚起、コミュニケーション力などの促進だけでなく、AO推薦入試との連携、生徒募集のための学校カリキュラムの差別化などにも活用できるという(注1)。
同講座の特長について以下に示す。
- 3人1組のチームによる実習形式により、自発的に学習し、楽しみながら、リーダーシップやコミュニケーション能力を培う。
- チームは、ロボットの動き方をメンバーとディスカッションし、Microsoft Visual Basicを利用して、ロボットの動き方をプログラム。アイデアを実現していく創造力を培う。
- 開発したロボットをほかのチームに発表することで、プレゼンテーションやコミュニケーション力を培う。
- ロボットコンテストを設け、生徒の学習意欲を喚起する。
- 実際のソフトウェアエンジニアが使用するテクノロジ(開発環境など)を利用することで、実践的なテクノロジスキルを習得。
ベネッセコーポレーション 高校事業部 新商品開発課 企業連携教育プログラム・プロデューサー 小村 俊平氏は「試行錯誤しながら自分でやり遂げることを重視している。いまの学校は“教える”ことが多過ぎるので、逆に教えないで自分たちで資料を読み込んで考えてもらうように進めている。学生たちが疑問を持ち、質問をしに来るまでは教えない。いい意味での“渇望感”を与えてることが、いまの学生たちには重要だと考えている」。
同講座の教材として使用するロボットは共立電子産業と協力し、設計・開発されたものだ(注2)。斉藤氏は「レゴ社のMINDSTORMSの利用も考えたが、組み立てる作業の楽しさや苦労を体験してもらううえで、もう少しメカっぽい要素がほしかった。そこで、共立電子産業に相談しながら開発を進めてきた」と話す。プログラミングだけでなく、メカ的なトラブルなども体感してほしいという意図も含まれているそうだ。ちなみに、今回教材として使用しているロボットにはセンサーが付いていない。次のバージョンではセンサー付きの教材も検討しているという。
また、同講座で使用するプログラミング言語は、Microsoft Visual Basic(以下、VB)だ。「C#やC++では文法的に難しいので、すぐに動かせるという点からVBを採用した。VBをきっかけにプログラミング言語に興味を持ってもらうことが大切だと考えている」(斉藤氏)。
VBの学習についてもアルゴリズムなどを教え込むのではなく、いきなりロボットを動かすプログラミングから行うという手法を用いている。「当初は、VBの基礎からはじめていたが、現在では、PCの画面の中で何かを行っただけで(実際には数行のコードを書く)、目の前のロボットが動く、という体験をはじめに与えることで興味を引き付けるように工夫してある」と小村氏はいう。確かに、いきなり難しいアルゴリズムからプログラミングを学ぶよりも、自分たちで組み立てた愛着のあるロボットを思い通りに動かすにはどうしたらよいのか、という要求からモノを作った方が学習意欲も湧くだろうし、そこからコーディングの仕方を模索したり、疑問・質問が自然と出てきたりするだろう。「マイクロソフトだけだと、どうしても技術な視点だけで教えることを考えてしまうが、ベネッセコーポレーションの協力を得ることで、教育的な配慮や教育現場の声を取り込んで、この講座を形にすることができた」と斉藤氏。
前述のとおり、2007年12月からこの取り組みが開始され、2008年度の参加実績は10校・445人。2009年度は30校・1000人以上を目標に展開を進めているとのこと。以下では、2009年7月13日から26日までの期間、首都圏の私立中学・高等学校向けに開催された特別講座の模様(プレゼンテーションとレースによる成果発表会)をお伝えする。参加したのは、麻布学園、鴎友学園女子、慶應義塾湘南藤沢、駒場東邦、白梅学園清修、聖光学院、西武学園文理の計7校、約250名の中・高生たちだ。
プレゼンテーションのやり方などは特に指導せず、学生たちで内容や役割分担を考え準備したという。成果発表本番は、各チーム順番で制限時間内に自分たちのロボットの特長をアピールしなければならない。
Microsoft PowerPointできちんとスライドを用意しているチームや、自分たちのロボットの技(歩行や前転、そのほか腕立て伏せ? など)をアピールするチームなど個性が出ていた。また、プレゼンテーションを見ている側も、スゴ技が披露されると歓声を上げたり、自分たちのロボットよりも速い歩行を見てため息をついたりと興味深げな様子だった。短期間のイベント形式ということもあり、時間の都合もあったのかもしれないが、せっかくの機会なのでQ&Aの時間も設けたらまた違った刺激や体験を学生たちに与えられたのではないだろうか。
また、プレゼンテーション後に行われるレースは、規模は違えど高専ロボコンやETロボコンを彷彿とさせた。自分たちのロボットが思いどおりに動くたびに、そして、見当違いの方向に動いたり、立ち往生してしまったりするたびに歓喜と落胆(たん)の声が交差していた。
今回の特別講座は、首都圏の私立中学・高等学校向けということだったが、公立校への展開について斉藤氏は、「教材の購入などでハードルが高い。教育委員会や行政などが支援してくれないと難しいのが現状。まずは、首都圏の私立を中心に地道に実績を作って行くことが大切だと考えている」とコメントした。予定通りに進めば今年度で1000人以上の学生たちが同講座に参加することになる。着実に実績を重ね、より多くの学生たちにモノ作りの楽しさを広めてほしいと願うばかりだ。なお、今年度末には、参加校による合同発表会(コンテスト)が開催される予定だ。
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