FlexRayとAUTOSAR、2010年には競争領域の開発にシフト:安達 和孝氏 JasPar 運営委員長/日産自動車 電子・電動要素開発本部 主管
自動車の電子化が進展する中で、欧州メーカーを中心に非競争領域におけるカーエレクトロニクス関連技術の標準化活動が活発になっている。2004年9月に設立されたJasParは、これら欧州の標準規格に日本メーカーの意見を反映させることを目的として活動を行っている。JasParの運営委員長であり、日産自動車 電子・電動要素開発本部 電子制御技術部 制御技術開発グループの主管を務める安達和孝氏に、これまでのJasParの活動成果や今後の方針について語ってもらった。(聞き手/本文構成:朴 尚洙)
FlexRay vs. TTP/C
現在、車載LANの規格として事実上の標準となっているのが、最高通信速度が1メガビット/秒(Mbps)のCAN(Controller Area Network)である。このCANの通信速度では実現できない自動車の機能に、操舵やブレーキなどの操作を、機械的応答を用いず電気信号を用いて行う「バイワイヤー(by wire)システム」がある。2000年以降、欧州では、このバイワイヤーシステムを実現する次世代の車載LAN規格として、CANよりも高速なFlexRayとTTP/Cが競合していた。
FlexRayとTTP/Cの競合について、日本の自動車業界の対応を一元化するために、自動車工業会(自工会)で議題にすることも検討された。しかし、自工会には日本の自動車メーカー全14社が参加しており、その全社が同じ方向に向かない限り結論を得られない。そのため、標準化活動の流れに乗り遅れるとの懸念があった。
そこで、次世代車載LANへの対応において日本の自動車業界を牽引することを目的とし、自動車の技術開発をリードするメーカーが中心になって新しい組織を設立することになった。それがJasParである。
JasParの設立に当たっては、まず、トヨタ自動車、日産自動車、豊通エレクトロニクスの3社で準備を開始した。その後、本田技研工業(ホンダ)とデンソーも加わり、この5社を幹事会社として2004年9月にJasParが発足した。運営方針は、幹事会社5社がすべて合意することで決定されるが、自工会と異なり社数が少ないので意志決定は迅速である。
設立から4年半が経過した現在、正会員が68社、準会員が51社、幹事会社を加えると総計120社以上の企業がJasParの活動に参加している。
FRCがJasPar規格を採用
現在、JasParでは、欧州で策定が進められている次世代の車載LAN規格であるFlexRayと、車載ソフトウエアの標準規格であるAUTOSARの2つへの対応を活動の中心としている。日本の意見を一元化し、その意見をそれぞれの標準化団体に伝えて、規格の内容に反映させることが最大の目標である。
2004年の設立当初から対応を進めて来たFlexRayについては、JasParで定めたFlexRayの運用基準(JasPar規格)が正式に採用されることが決まった。欧州でFlexRayの標準化を進めているFlexRayコンソーシアム(以下、FRC)が、2009年後半に発表する予定のFlexRayバージョン3.0から、このJasPar規格が採用される。
もともと、バイワイヤーシステムの実現を目標に策定されたFlexRayは、最高通信速度がCANの10倍となる10Mbpsであり、それ以外の通信速度を規定していなかった。
その一方で、JasParに参加している日本の自動車メーカーは、通信速度が限界を迎えつつあるCANを代替する車載LANとして、FlexRayを採用したいと考えていた。そこで、JasParでは、FlexRayの規格に準拠しながら、最高通信速度が5Mbpsと2.5Mbpsの仕様など、CANを代替するのに最適な規格をFRCに提案した。現在では、FRCもFlexRayをCANの代替として利用するための規格を策定する必要性を十分に認識しており、バージョン3.0へのJasPar規格の採用もスムーズに進んだようだ。
AUTOSARカーの試作へ
AUTOSARについて、JasParが活動を開始したのは2006年から。まず行ったのは、AUTOSARという規格を理解するためのベンチマークツールの開発である。そこで、ハードリアルタイム、対イベント応答性、ソフトリアルタイムの3つの観点から、車載ソフトウエアの性能を評価できるベンチマークモデルを開発した。
そして、このベンチマークツールを使って、C言語で従来どおりにプログラムを書いた場合と、AUTOSARに準拠して開発した場合とを比較することにより、AUTOSARに対する評価を行えるようにした。2008年末には、JasParの参加企業によるAUTOSARリリース2.0についての評価を完了している。この評価結果は欧州にも伝えており、2009年から策定が開始されるリリース4.0には、その一部が反映される見通しだ。
これとは別に、経済産業省の支援を受けて、日本国内で車載ソフトウエアを開発する企業がどのようにAUTOSARを利用すればよいのかを示す推奨仕様を策定する活動も行っている。AUTOSARに準拠したソフトウエアの開発には基準ソフトウエア(BSW:Basic Software)が必要となる。リリース2.0に準拠するJasPar版のBSWの開発はすでに完了している。2009年は、最新バージョンであるリリース3.0に準拠するBSWを開発し、同年内にトヨタ、日産、ホンダの3社でこのBSWを実装した試作車を走らせることが目標となる。2007年度から3年間のプロジェクトなので、2009年には何らかの成果を示す必要があるからだ。
ITS分野にも活動を拡大
JasParにおけるFlexRayとAUTOSARに関する活動については、2009年度までにある程度の成果が得られる見通しだ。その後は、参加各社が成果を持ち帰り、競争領域での開発が本格化するだろう。
これまで、JasParが対象としてきた開発分野は電子制御系である。しかし、数年前からITS(高度道路交通システム)にかかわっている人材がJasParに参加するようになり、無線通信規格であるBluetoothの車載利用についての活動なども行っている。今後は、こうした分野に活動が広がっていくだろう。もちろん、電子制御系に関する2010年度以降の活動についても、現在検討中である。
JasParによる非競争領域での共同開発は、現在の厳しい事業環境にこそ必要である。仮に、日産単独でFlexRayに関する技術開発を行っていたら、評価する半導体チップ、電子部品、開発ツールが限定されてしまったはずだ。それでは、120社以上が参加するJasParでの幅広い評価結果と同様の成果が得られるわけがない。FlexRayだけをとっても、技術開発にかかる期間の短縮とコストの低減にJasParが貢献できていることは明らかだ。
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