枕木に秘められた設計の神髄を伝授するぜぃ!:甚さんの設計分析大特訓(8)(3/3 ページ)
コンクリートの枕木にヒビが入らないのはなぜだろう。良君はその理由に秘められた設計の神髄に気が付くことができるのだろうか。
プレ・ストレッシング構造とは
コンクリートとは、圧縮に強い半面、引っ張りには非常に弱い特性を有しています。これを克服するために、コンクリート製の橋梁や高層ビルディングにも採用されている「プレ・ストレッシング(Pre-Stressing)構造」という技術を採用しています。
図5は、コンクリート製枕木の構造図です。図中の鉄筋を矢印の方向に引っ張っておき、そこに、コンクリートを流し込みます。コンクリートが固まってから、その引っ張り力を開放します。すると、コンクリート製枕木には常に圧縮力が掛かっています。
このコンクリート製枕木の上に電車が乗ると、電車の荷重と前記の圧縮力が合力により平衡状態となり、引っ張り力は掛かりません。つまり、割れやヒビは生じにくいのです。これをプレ・ストレッシング構造というのです。
事前に引っ張り力(Tension)を掛けているので、「プリ・テンション(Pre-Tension)法」ともいいます。また、鉄筋ですが実際には、φ2.9mmぐらいの高張力鋼が隅々まで入れられているようです。一般道路の橋梁(きょうりょう)もほぼ同じ構造です。
ちょいとここらでよぉ、簡易設計審査でもやってみようじゃねぇかい!
甚さん、お手柔らかに……。
良君、『6W2H⇒使用目的の明確化⇒設計思想とその優先順位』と、しっかりとステップを踏んでるじゃねぇかい。オメェの会社のように手抜きせずになぁ。しかし、『設計思想とその優先順位』の基本を忘れるな!
んん? まだ何か問題が?
良君の作品は以下のような大きな懸念事項があるようです。
- 重過ぎる。400〜500kgになってしまい、作業が困難である。
- 鉄筋は、コンクリートの「つなぎ役」で入れただけだ。
- プレ・ストレッシング構造の適用が困難である。
「設計思想とその優先順位」で、作業性を考慮していないことが気になります(図6)。
確かに、コンクリート製枕木の設置、交換、撤収の回数は少ないのですが、昨今、環境とともに安全作業を含む作業性を優先する時代です。特に3番目の「従来の2本分を一体化」だと、平面内にプレ・ストレッシング構造を入れることで面内にゆがみが発生します。このゆがみによって、引っ張り部分と圧縮部分が発生し、引っ張り部分に割れやヒビが発生します。平面内の2方向にプレ・ストレッシング構造を導入するのは困難です。
一方、既存のコンクリート製枕木の方がコストパフォーマンスは良さそうです。図6の「設計思想とその優先順位」において、「線路の固定」と「耐荷重(信頼性)」はどちらも重要で優劣が付けられないのです。
まずは、「優劣が付けられないこと」を理解してください!
図7に示す「灯油ポンプにおける同思想戦略」「加圧式ボールペンにおける同思想戦略」と、今回の「コンクリート製枕木における設計品質の両立」との相違をよく理解してください。
「なんでもあり!」と「設計品質の両立」との大きな相違
携帯電話や多機能プリンターに代表される日本独特の「なんでもあり!」の商品は、「設計思想とその優先順位」がない場合がほとんどです。すべての設計品質が、理由もなく、根拠もなく“同位”なのです。
くどいようですが、「なんでもあり!」で設計された飛行機も、重過ぎて飛ぶことさえできません。
これに対して、「設計品質の両立」は意味合いがまったく異なります。もともと、優先順位があった設計品質を同位に持ってくるわけですから両立することの証明、つまり、設計検証が必要です。前回の「トレードオフ」と今回の「設計品質の両立」は設計の上級レベルとなります。ちょっと難解ですが、しっかりとマスターしましょう!
上記のように、両立には、その根拠や設計の検証が必要なのですが、既存のコンクリート製枕木の場合、「線路の固定」(What)と「耐荷重(信頼性)」(What)の2つの設計品質を満たすために、「プレ・ストレッシング構造」(How)という技術手段を適用したのです。
甚さん、甚さん……僕はやっぱり、3次元モデラーから脱皮できないのですか。あんなに頑張ったのに! もう、やり切れませんよ……誰が二度と設計なんかやるものかっ!
良君、ちょいと待ちやがれ! オメェの設計がまったく駄目だとは誰もいってねぇぞ。いっそのことコンクリート製をあきらめちまって、グラスファイバー強化プラスチック製にしてみろ! 戦え、良君!
この戦い、僕でも勝てますかね。
ああ、勝てるさ! 第6回、第7回の『トレードオフ戦略』をやってみろ! 操作性(What)を軽量化(How)で具現化しろ。樹脂を使うんだ。
りょ、良太、行っきまーす!
次回も、設計の神髄
今回の「設計品質の両立化」は、理解できましたか?
甚さんは、第6回、第7回の「競合商品を設計分析で駆逐しようぜぃ!」における設計の上級手段である「トレードオフ戦略」と、今回解説した「設計品質の両立化」という設計の最上位手段を良君に導入するようにいいました。
これまでの解説で、3次元モデラーと設計者の相違をより理解することができたでしょうか? 次回は、昨今、社告やリコールで世間を騒がせている事故、トラブルを撲滅する「設計の神髄」にちょっと触れたいと思います。 (次回に続く)
Profile
國井 良昌(くにい よしまさ)
技術士(機械部門:機械設計/設計工学)。日本技術士会 機械部会 幹事、埼玉県技術士会 幹事。日本設計工学会 会員。横浜国立大学 大学院工学研究院 非常勤講師。首都大学東京 大学院理工学研究科 非常勤講師。
1978年、横浜国立大学 工学部 機械工学科卒業。日立および、富士ゼロックスの高速レーザプリンタの設計に従事。富士ゼロックスでは、設計プロセス改革や設計審査長も務めた。1999年より、國井技術士設計事務所として、設計コンサルタント、セミナー講師、大学非常勤講師としても活躍中。Webでは「システム工学設計法講座」を公開。著書に「ついてきなぁ!加工知識と設計見積り力で『即戦力』」(日刊工業新聞社)と「ついてきなぁ! 『設計書ワザ』で勝負する技術者となれ!」(日刊工業新聞社)がある。
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