ものづくり企業の犯す間違った競争戦略を正す!:マイケル・ポーター教授のものづくり競争戦略(1)(1/2 ページ)
同じポジション、アイデアで競争しているから収益性が低い。これこそ日本製造業の抱えている深刻な疾患だ
経営学における競争戦略論の創始者であるハーバード・ビジネス・スクール教授、マイケル・E・ポーター氏の日本講演「グローバル市場におけるものづくり競争力」を全3回の連載でお届けする(編集部)
世界経済がかつてない後退局面に突入した2008年12月、東京・六本木アカデミーヒルズで「マイケル・E・ポーター エグゼクティブセミナー 〜グローバル市場におけるものづくり競争力〜」(PTCジャパン主催)が開催された。独創的な競争戦略論によって現代経営学に輝かしい足跡を刻んだハーバード・ビジネス・スクール教授ポーター氏の講演を聴こうと、日本製造業のエグゼクティブが多数参加した。本稿は、ポーター氏の講演内容を採録したものである。
第1回となる今回は、戦略とは何か、戦略とは呼べないものは何かについて、分かりやすく説明される。そのうえで競争戦略の前提となる戦略についての基本認識が明らかにされる。それでは、ポーター氏の言葉に耳を傾けていただこう。
多くの経営者が犯す戦略の失敗とは?
ポーター:本日は私のセミナーにお越しいただき、大変ありがとうございます。これだけたくさんの方にご参加いただき、大変光栄に思っております。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は1995年からPTCの社外取締役を務めており、この間PTCの製品開発アプローチを策定する作業に深く関与する機会に恵まれました。そしてテクノロジーの飛躍的な発展に裏打ちされた製品の開発に協力してきました。
しかし今日の私のセッションでは、技術的な話題はさておき(私はITの専門家ではありませんので)、より広範なテーマとして企業戦略についてお話しします。私は皆さんのビジネスが成功することを願っております。そして、成功には戦略が不可欠です。もちろん、継続的な製品改良やビジネスプロセスのムダ取りは必要ですが、企業間の競争に勝ち抜くためには、戦略を立てることが最も重要です。そこで戦略に的を絞ってお話ししましょう。
戦略の詳細に入る前に、少し歩みを戻して競争のある業界で戦略を用いる根本的な目的について、皆さんと理解を共有したいと思います。私は多くの企業経営者を見てきましたが、多くの方が戦略について失敗を犯しています。なぜなら、競争について間違った概念を持っているからです。競争におけるゴール(目的)として持つべきものを誤解しているのです。
多くの経営者は競争を考える際に、「私たちは、自分たちが属する業界で最高の会社になりたい」といいます。これは至極自然な感情で、私たちは誰でも最高を目指したいと思うものです。その業界で最高の企業になるには、業界で最高の製品を作り出すことが必要です。さらに最高のサポート体制、最高の生産技術、最高のサプライチェーン、最高のITシステムなども必要でしょう。
最高を目指す経営者は、競争に勝つために何をしたらよいのか、個々の業務にまでさかのぼって検討し、あらゆる手段を実行します。競争について、このような考え方は非常に一般的に見られます。大変自然な考え方ですね。しかし不幸なことに、このやり方は競争戦略を失敗に導くことが分かっています。
なぜでしょう?
その答えは、最高の競争力など存在しないからです。競争に勝つ方法には、たった1つの答えがあるわけではないのです。どんな業界であれ、競争に勝つには、たくさんの方法があります。なぜなら、顧客のニーズは多様だからです。
最高の自動車って何ですか? 都市部に住んでガレージを持たない独身の人が思い描く最高の自動車は、郊外のガレージ付き住宅に住み家族を持つ人の理想の自動車とは違っているはずです。つまり、最高の自動車なんて存在しないのです。特定の顧客ニーズごとに、最高の定義は違ってくるのですから。同じように、最高の銀行なんてないんです。顧客ごとにさまざまなニーズがあるのですから、銀行にとって競争する手段はたくさんあるのです。最高というものはありません。競争には1つだけのやり方があるのではありません。
たった1つの、正しい、最高の競争戦略があると考えるのは、大変に危険なことです。もしそう考えてしまうと、企業は往々にして、競合他社と同じことを始めてしまうからです。どの企業も似たり寄ったりになってしまいます。もしすべての企業がたった1つの最高と思われる競争戦略を追求し出したら、とても歪んだ競争が起こるでしょう。その競争に勝つのは大変困難です。なぜなら、競争者は誰も常に同じことをし、同じ方向に向かって進みます。これでは結局、誰も勝者になれないのです。
これこそが、日本の抱えている深刻な問題です。どの企業も、同じ場所で競争をしています。同じアイデアです。そのような競争社会は、低い収益性しかもたらしません。これは日本産業界に長い間はびこってきた疾患といっていいでしょう。
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