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iPhoneヒットの秘密は設計思想にありきメカ設計 イベントレポート(5)(1/2 ページ)

バッテリーの持ちがよくない。それに高価。それでもiPhoneは、不景気な日本で売れた。その理由とは何だろう

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 日本の製造業は、世界規模の不況の影響で業績が大きく落ち込んでいる。大手メーカーによる非正規社員の解雇や、老舗電気店の倒産など、暗いニュースが飛び交う。そんな中、再び日本の製造業に活気を呼び戻すには、どうしたらいいか。いまこそ、従来の設計・開発における考え方を見直し、刷新するときではないだろうか。

編集部注

本講演は一橋大学 イノベーション研究センター教授 延岡健太郎氏の研究および図研が行ったインタビュー(図研社外報「 From Z」第3号、同社顧客向け情報誌)に基づき、上野氏の視点も交え構成されたものです。



 図研 取締役 営業本部長 上野泰生氏は総務省統計局による、研究開発投資と付加価値創出との関係のグラフを示した(図1)。付加価値創出額とは、生産額から原材料費と減価償却費などを差し引いた額のことをいう。1980年代前半、付加価値創出額は、研究開発費の20倍以上あった。しかし、1990年代に入って付加価値創出額は下降していった。一方、研究開発費は上昇する一方だった。そして2000年には、付加価値創出額は研究開発費の10倍程度にまで落ちた。さらに2005年には8倍にまで落ちてしまった。つまりこのデータは、現在、開発投資効果を十分に回収できていないことを具体的に表している。特にこうした傾向は、電気機器業界を中心に強く見られるという。


図1 研究開発投資と付加価値創出の関係(図研 プレゼンテーション資料より)

 この原因は、電気機器の設計思想(アーキテクチャ)に依存しているという。市場に出ている電気機器の多くは、要求機能と部品が1対1となっていて、それぞれの部品を組み合わせることで製品が成り立っている(「モジュラ型」と呼ぶ)。


図2 製品アーキテクチャについて(図研 プレゼンテーション資料より) ※参考資料:藤本隆宏 著「日本のもの造り哲学」(日本経済新聞社)

 部品は積極的に標準化される。デスクトップパソコンはその代表例で、演算はCPUボード、記録はHDD、表示はディスプレイという構成になっている(図2)。しかしこれは、製品の付加価値を付けにくい設計思想なのだと上野氏は説明する。

 日本の電化製品は、まず要求機能と部品とが1対1にはならずに交錯しながら、専用(カスタム)部品により構成されて市場に投入される。つまりハイエンド製品として出回る。しかし時が経過していくに従い「コモディティ(没個性)化の圧力」が掛かっていく。市場の価格競争にもまれ、部品はどんどん標準化され、ミッドレンジ製品となり、やがてローエンド製品と化す。コストを落としながらも要求性能を維持しているが、製品企画面では没個性化してしまう。デジタル家電はこの傾向が特に顕著で、市場に出て数年で没個性化してしまうという。それはすなわち、製品の付加価値が落ちてしまうことを意味すると上野氏は説明する。

他社に模倣させないものづくり


図研 取締役 営業本部長 上野泰生氏

 製品付加価値を上げるための大事なポイントの1つは、製品が容易に模倣されないということだと上野氏は説明する。標準化された部品で組み立てる製品は生産しやすい。逆に解釈すれば、模倣されやすいということになる。ハイエンド機器を構成する部品が標準化され廉価となると、技術を模倣した中堅企業が参入してくる。そしてコスト競争は泥沼と化してしまう。

 模倣されない設計とは何なのだろうか。それは組織全体の能力の積み重ねによる技術であると上野氏はいう。具体的には以下の条件を挙げた。

  • 長期にわたり暗黙値的なものづくりを実践してきた。また技術者の移動やM&Aが少なかった。そのような環境の中でなされた設計
  • 企業独自のプロセスが投射されている設計・製造設備によりなされる設計
  • 社内の多様な技術を組み合わせ、組織を横断させることでなされる設計(それをなすには長い月日がかかる。よって模倣は難しい)

 企業の秘蔵ノウハウ(ブラックボックス)や特許技術も、これらの結果の一部ではある。ただし一橋大学 イノベーション研究センター教授 延岡健太郎氏の調査によれば、特許やノウハウそのものだけでは、収益につながらないのだという。


図3 売上高2000億円以上の企業の利益率と特許出願件数(図研 プレゼンテーション資料より) ※参考資料:延岡健太郎 著「ものづくりにおける深層の付加価値創造」(RIETI - ディスカッションペーパー)

 実際、日本企業の特許の出願件数と企業の利益の実績を調査し比較したところ、それらの相関関係は認められなかったという(図3)。収益を出す設計とは、あくまで組織能力の積み重ねの結果によることを示す。

 上記の2番目の項目における設備にはCADやPDM、PLMなどのITシステムも含まれる。「例えば同じCADを同じ様式で複数の企業に導入したとすれば、生産性や効果は企業によりそれぞれとなります」と上野氏は説明する。「企業の中で長い間培ってきたITシステムの使いこなしも模倣しづらい要素です」。

 またそうしたことを考慮したうえ、標準化を行う部分と行わない部分の見極めも大切であるといえる。標準化には生産を効率化できるという利点があるということをくれぐれも忘れてはならない。

 「技術イノベーションをいつもやっていること。そして生産工場も非常に効率的であること。この2つを兼ね備えながら、企業の独自性も出していくことが大事です」(上野氏)。

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