GMや日産が苦心したVTCの原理とは:いまさら聞けない エンジン設計入門(10)(3/3 ページ)
かつては、バルブタイミングを自在に変化させることは非常識だといわれた。それを打ち破ったのがVTCだ。
VTECの基本は、3つのカム
VTECでは、まず通常のカムプロフィールを持ったカムと高回転時に最適なハイカムとを2種類配置した特殊なカムシャフトを用意します。
DOHCなので、1気筒当たりのバルブ本数は吸気、排気ともに2本ずつとなります。カムシャフトは吸気、排気ごとに用意されています。1本のカムシャフトに用意されるカムの数は1気筒当たり「通常のカム2つ」+「ハイカム1つ」の合計3つとなります(写真2)。
このときのレイアウトは、通常のカムはバルブの真上に配置されます。通常のカムは両端の2つとなり、ハイカムは真ん中となります。
その特殊なカムシャフトのハイカムに対応する部分に、特殊なロッカーアームを組み合わせます(写真3)。このロッカーアームの内部に油圧で作動するピンを付けることで、カムシャフトとカムを連結・切断できるようにしています(写真4)。
低回転域から中回転域のときは、ロッカーアームから切り離されたハイカムが空振りするようになっているので、両端の普通のカムによって普通にバルブが開閉する、つまり普通のバルブリフトとなります。ところが高回転になると、油圧が働いてピンが動きます。そのピンがロッカーアームの継ぎ目に移動することで、3つのアームが連結するのです。
3つのロッカーアームが連結されると、いままで空振りしていたハイカムが真ん中のロッカーアームを動かすようになります。そのロッカーアームの内部のピンを通じて、両端のロッカーアームへとその動きを伝えます。これによってバルブリフト量は、ハイカムに追従した大きなリフト量に変わります。もちろんこのとき、リフト量が小さい両端のカムは空振りすることになりますね。
バルブリフト量を単純に増やすように、最適なハイカムのカムプロフィールを設定するだけではなく、最適なバルブタイミングも設定しておくことで「可変バルブタイミング&リフト」を実現できるのです。
このハイカムへの切り替えポイントは、電気信号として受け取ったエンジン回転数によって油圧バルブをコントロールすることで決まります。要は電子制御ですね。
VTECの作動は文章や写真だけでは非常に伝わりにくいと思います。本田技研工業の公式ページに、動画で分かりやすく説明したページがあります。ご参照ください。
関連リンク: | |
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⇒ | VTECの解説(本田技研工業) |
いまやVTECは、さまざまなバージョンが用意されています。VTCと組み合わせた「i-VTEC」というものが現在の主流となっているようです。この機能によって、全ての回転域にわたりバルブタイミングを変化させ、さらに高回転時のバルブリフトも変化させ、徹底的にバルブの作動を制御しているのです。
「実現したい」という強い意志も、発明における重要ファクター
可変バルブタイミング機構は、かつて非常識といわれていた技術でしたね? しかし、いまとなっては当たり前で、むしろ、なくてはならない技術となっています。
原理さえ分かってしまえば、
「こんな単純な構造でよかったのか……」
とさえ思ってしまうのが本音ではないでしょうか。
しかしこの結論に達するまでに技術者たちの前に立ちはだかった壁の大きさというのは計り知れないものだと思います。その大きな壁を乗り越えることができた原動力は、技術者の「実現したい! 実現してやる!」という強い意志でしょう。
成し遂げなくてはいけない1つの目標に対し、「無理だ」というのは誰でも可能です。それを何としてでも実現させてやるという思いこそ、いままでの常識を払拭(ふっしょく)できる唯一の原動力だと筆者は確信しています。
排気ガス規制や石油価格の高騰により自動車の基本構造に大きな変革が必要な時代になりましたが、ただの移動手段ではなく「運転をする楽しみ」を忘れない魅力的な自動車がこれからも生み出され続けることを筆者は強く願っています。(次回に続く)
Profile
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
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