iPhoneには赤外線がないけど消えゆく技術なの?:いまさら聞けない 赤外線通信入門(1/4 ページ)
あなたは人に「赤外線通信」について正しく説明できますか? 当たり前のように使われている赤外線通信の仕組みを詳しく解説する
「赤外線通信」とは?
「赤外線通信」といえば、携帯電話の「赤外線メールアドレス交換」や、デジタルカメラの「赤外線プリント」などに使われている、われわれの生活の中で最も身近で、最もポピュラーな「ユビキタス通信」です。
赤外線通信を使ったデータ交換は、女子高校生の間はもちろんのこと、主婦たちの集まりの中でもコミュニケーション手段の1つとして使われており、赤外線通信は携帯電話の世界ではすでに、あって当たり前の“空気のような”存在になっているといえます。また、携帯事業者の調査によると携帯電話の付加機能で「最もよく使う機能」として常に4位以内にランキングされているそうです。(余談になりますが)2008年7月に販売され、世間を騒がせたiPhoneが、なぜ日本国内で爆発的な普及に至らなかったのか。その原因の1つに“赤外線通信機能の非搭載”があったのではないでしょうか?
そこで本連載では、赤外線通信をテーマにその概念や仕組み、将来の可能性についてお伝えしていきたいと思います。
赤外線通信を支える技術というのは、実は日本ローカルな規格ではなく、これからお話しする“れっきとした”国際標準である「IrDA規格」に基づく厳格な通信手順に従って、普段何げなく使用している携帯電話やデジタルカメラなどに実装されています。IrDAとは、「Infrared Data Association(赤外線データ協会)」という、赤外線に関する国際標準を策定する団体(NPO)のことであり、IrDAが提唱する赤外線通信方式のことを“IrDA規格”、もしくは“IrDA方式”といいます。
関連リンク: | |
---|---|
⇒ | Infrared Data Association(赤外線データ協会) |
今回は「赤外線通信技術」を支える、IrDA規格に基づく通信方式について詳しく見ていくことにしましょう。
そもそも「赤外線」って何?
電磁波の種類の中で、目に見える「可視光(Visible Light)」のうち、最も波長の長い色が「赤色」ですが、これよりも波長が長く、電波よりも波長の短いものを「赤外線(Infrared Ray)」といいます。この赤外線のうち、一番可視光領域に近い波長(700〜2500nm)である赤外線を「近赤外線」といい、この領域の赤外線を使用した通信のことを赤外線通信と呼んでいます(図1)。
この帯域の赤外線は、可視光線の光学的な性質とほぼ同じであるという特長があります。家電製品で使用されている赤外線リモコンやIrDA規格では、800nm前後の波長を持った赤外線が使用されいます(ちなみに、光ファイバーなどは、1200nm前後の波長のものが使用されています)。また、赤外線暖房器具で使用されているものは「遠赤外線」の領域(4μm〜1mm)のもので、これは光というよりも、熱の“輻射(ふくしゃ)”と“吸収”にかかわる性質があります。
じゃあ「赤外線通信」って何?
ユビキタス通信というものは、「いつでも」「どこでも」「誰にでも」使うことができる通信を理想とします。一般に赤外線通信と呼ばれるものは、IrDA規格だけではなく、シャープのザウルスに採用された「DASK方式」、赤外線リモコンで採用されている「EIAJ方式」など、実にさまざまですが、国境を越えて「どこでも」世界共通に利用できるものは、“唯一、IrDA規格だけ”といってもいいでしょう。簡単にいえば、ヨーロッパで使われている携帯電話と日本の携帯電話との間でメールアドレスや電話帳データの交換が原則的に可能であるということです。これを可能にするためには、赤外線通信という“共通規格”を世界中の企業や団体が集まって討議し、厳格な規格を策定する必要があります。
赤外線通信を「いつでも」「どこでも」「誰にでも」利用できるようにするためには、通信の基本となる
- 通信媒体としての赤外線の光学的な特性を定めた規格
- 赤外線データを交換するための通信手順を定めたプロトコル規格
の2つを明確に規定しなければなりません。IrDAでは、赤外線通信に必要なこれらの規格を策定しています。
現在、数ある赤外線通信の中で、国際的に通用し、その中でも携帯電話やモバイル機器、情報家電を含むさまざまな機器に採用されている赤外線通信方式といえば、IrDA規格であり、赤外線通信 = IrDA規格といっても過言ではありません。ちなみに、最近話題の「IrSimple(Infrared Simple Connection)」も数あるIrDA規格の1つです。
「赤外線通信」登場の背景 〜 誕生の歴史 〜
歴史的に見ると、赤外線通信は“モバイル・コンピューティングとWindowsとともに誕生した技術である”といえます。
世界初の手のひらに載るコンピュータ(Palmtop Computer)は、1991年にヒューレット・パッカード社が発売した「HP95LX」というPCベースのポケットコンピュータがその始まりといわれています。この手のひらコンピュータがさらに強化され、1993年に発表された「HP100LX」というポケットコンピュータには、IrDAのルーツとなる赤外線通信機能が搭載され、当時は「HPSIR方式」と呼ばれていました。HP100LXに搭載された赤外線通信は、HP100LX同士を赤外線ポートで対向させると、一方がファイルサーバとなって、クライアント側のHP100LXからWindowsライクなユーザーインターフェイスを使用して自由にファイルを交換でき、当時では高速な通信速度(115kbps)を実現し、非常に便利なファイル交換機能を提供しました。
一方、IBM社は1992年にノートPCの代名詞ともなった「ThinkPad」シリーズを発表し、ビジネスでのモバイル・コンピューティングを提唱し始めました。そして、1993年にはマイクロソフト社が「Windows 95」を発表。その中でもWindows 95によるモバイル・コンピューティングが大々的にアナウンスされました。
こうしたモバイル・コンピューティングの幕開けと同時に、ヒューレット・パッカード社、IBM社、マイクロソフト社の3社が幹事会社となり、1993年に赤外線通信の規格策定団体のNPOとしてIrDAが設立されました(場所はシリコンバレーの北に位置するカリフォルニア ウォールナッツクリーク)。そして、いまでは15年の歴史を持つ老舗コンソーシアムの1つにまで成長を遂げました。当時の各幹事会社の役割は、ヒューレット・パッカード社が赤外線通信の基本パテントを、IBM社が赤外線通信手順であるプロトコルを提供し、マイクロソフト社はWindows 95に向けたインプリメンテーションを行うというものでした。その成果として、1993年9月に赤外線物理層の規格である「IrSIR(Serial Infrared)」が、1994年6月には赤外線通信プロトコルである「IrLAP(Infrared Link Access Protocol)」と「IrLMP(Infrared Link Management Protocol)」が規格化されました。
これを受け、1995年11月にマイクロソフトは、Windows 95を搭載したノートPC(Laptop Computer)の必須機能(PC95ガイドライン)として、当時発売されたWindows 95搭載ノートPCのほぼすべてにIrDAを搭載。ヒューレット・パッカード社からもIrDA機能搭載のレーザープリンタが発売されました。
時を同じくして日本国内でも、当時「モバイル・コンピューティング」の創生期を迎えていました。NTTは電話回線の完全デジタル化を目指し、「ISDN」の普及に力を注いでおり、公衆電話とモバイル機器間のデジタルインターフェイスをどのようにするのか検討している最中でした。また、世間ではシャープのザウルスなどに代表される電子手帳/ポケットコンピュータが普及し始めたころでした。
こうした日本国内での追い風を受け、IrDAが誕生してすぐにNTTとシャープはIrDAに参画することとなり、設立当初から規格策定作業を「日米合同」で進めてきました。
ティータイム(1)IrDAと日本企業の貢献
日本の企業が提唱した規格としては、シャープが提唱した4Mbps通信を可能にする「IrFIR(Fast Infrared)」と、NTTが中心に策定した赤外線モデム通信規格である「IrCOMM(Infrared Communication Entity)」があります。これらの規格はWindows 95のセカンドリリース版から始まり、現在でも後継のWindowsやWindows CEで採用され続けています。
さらに1996年には、IrSimpleの前身となる赤外線画像転送規格「IrTranP(Infrared Transfer Picture)」を、NTT、シャープ、カシオ計算機、オカヤ・システムウェア(現:イーグローバレッジ)の日本企業4社が提唱し、IrDA規格に追加されました。この規格は、赤外線通信だけを規定したものではなく、転送される画像も含めた規格として提唱され、アプリケーションを含むIrDA規格としては初めてのものとなりました。
また、同年は携帯電話の普及とともに、携帯電話を使用したモバイル・コンピューティングの重要性が高まり、NTT移動通信網(現:NTTドコモ)、エリクソン(現:ソニー・エリクソン)、ノキア、モトローラを中心に、携帯電話に実装される外部接続機能としての赤外線通信規格の策定が始まり、1997年1月には汎用データ交換手順である「OBEX(Object Exchange)」が制定され、同年11月には携帯電話向け赤外線通信規格である「IrMC(Infrared Mobile Communication)」が制定されました。OBEXは現在IrDA規格だけでなく、Bluetooth、USB、WiFiなどのデータ交換方式として広く採用されており、一方のIrMCは3G(3rd Generation)携帯電話の外部通信の標準規格として採用されています。今後誕生するほかの近距離無線通信方式でもOBEXやIrMCはさらに採用され、普及していくと筆者は考えます。
2000年には、多機能腕時計のための規格として、NTT、カシオ計算機、シチズン、セイコーインスツルメンツ、リンク・エボリューション(現:イーグローバレッジ)の5社が提唱した「IrWW(Infrared Wrist Watches)規格」が制定されました。現在、シチズンのダイバーズウオッチなどで商品化されています。
IrSimpleは、2005年にNTTドコモ、シャープ、早稲田大学、イーグローバレッジの4社が提唱した高速画像転送規格です。200万画素の写真データを約1秒間で転送できる規格は、カメラ付き携帯電話、デジタルカメラ、モバイルプリンタ、テレビ、ハードディスクビデオレコーダー、ファックス、写真プリントキオスクなどのさまざまな画像機器に採用され、さらに普及していくでしょう。
少し駆け足になりましたが、現在までの主なIrDA規格の流れをざっと眺めてきました。IrDAにおけるこれまでの日本企業の活動についてご理解いただけたかと思います。
IrDAはOBEXなどのIrDA以外に利用されているキーとなる技術を保有しており、いまでもほかの近距離無線通信の先端で活躍する数少ない規格化団体であり、新しい通信方式を開発する規格化団体から無視できない存在であるともいえます。あなたの企業もその気になれば、デファクトスタンダードを作る側に立つことだって可能です。納得できない規格で頭を悩ますより、積極的に規格を作る方向に考えをめぐらすことも大切です。もしかするとそれが唯一の「日本企業の生き残りの方法」かもしれません。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.