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技術伝承をうやむやにしたツケは誰が払うのかものづくり白書2008を読み解く(後)(1/2 ページ)

2002年から始まった緩やかな景気拡大は、米国サブプライム住宅ローン問題や原油価格高騰によって息切れを起こしている。こうした中、日本のモノづくり企業はどこへ向かえばよいのか。経済産業省から発表された「2008年版ものづくり白書」を基に考察してみる。

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 「ものづくり白書2008」から日本のものづくりを考える本特集では、前編の「“世界の工場”中国なんて、ちっとも怖くない?」で、日本のものづくり企業が製品開発の上流工程を国内に抱え込むことで高収益を確保し、固有技術の海外流出を防いでいる実態を明らかにした。「開発は国内、生産はアジア」という分業戦略はこれまで、ある程度の成功を収めているように見える。しかし今後もこのやり方が通用するのだろうか。

 後編となる本記事では、人材問題の側面から日本のものづくりを考察してみる。なお、本記事は主に2008年6月に経済産業省から発表された「2008年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)」(以下、白書)のデータに基づいている。

アジアは日本のものづくり技術に追い付いているのか

 日本のものづくりでは、品質に対する要求レベルは非常に高いといわれる。アジアに生産拠点を移転させた日本企業が主要部品を日本からの輸入に依存している背景には、アジア地場企業の品質に問題があるからではないか。この仮説を裏付けるデータとして白書では、ものづくりの基盤産業の技術レベルに関する調査結果を掲載している(図1、図2)。このデータは素形材産業およびメッキ業などを中心とした統計であるが、中国、ASEAN両地域とも高度な技術を要する自動車分野でアジア地場企業の技術レベルの低さが表れている。電気機械分野の一部でハイスペックな技術の現地調達が可能だが、まだ大部分の技術分野ではロースペックな製品しか調達可能となっていないことが分かる。

図1 中国の現地(地場)ものづくり基盤産業の技術レベル
図1 中国の現地(地場)ものづくり基盤産業の技術レベル
(出典:2008年版ものづくり白書 図122-1)
図2 ASEANの現地(地場)ものづくり基盤産業の技術レベル
図2 ASEANの現地(地場)ものづくり基盤産業の技術レベル
(出典:2008年版ものづくり白書 図122-1)

 また白書は基盤技術レベルに加えて価格水準、生産能力、納期順守意識、機動的な対応力について、アジアの地場企業、日系企業と国内企業との比較も行っている(図3)。これを見れば、アジアの地場企業・日系企業ともに価格水準だけがプラス評価であり、残りの項目はすべて国内企業より劣っているという評価となった。特に納期と対応力についてアジアの地場企業は、日本企業の求める水準に遠く及ばないことが分かる。

図3 アジアの現地(地場)ものづくり基盤産業の技術以外の面での評価<br>
図3 アジアの現地(地場)ものづくり基盤産業の技術以外の面での評価
(出典:2008年版ものづくり白書 図122-2)

 このようなデータから、現時点でアジアに展開した日本企業の部品調達に関しては、ロースペックな汎用品に限って現地の地場企業から調達し、それ以外は現地日系企業や日本からの輸入に依存する体質は、そう簡単に崩れないと思われる。

ロースペックな技術も国内回帰

 それでは今後、国内の金型・メッキ処理・プレス加工といった基盤産業は、高い技術力を要する製品に経営資源を集中させ、ロースペックな技術はアジアの地場企業に明け渡すという割り切った戦略が必要になってくるのか。白書では、こうした基盤産業に仕事の発注を行っている大手企業に行ったアンケート結果をまとめている(図4)。それによると、意外なことにロースペックな技術も国内にあるべきとの回答が70%を超えていた。

図4 国内ものづくり基盤産業の必要性
図4 国内ものづくり基盤産業の必要性
(出典:2008年版ものづくり白書 図122-9)

 その理由で最も多かった回答は「国内需要に迅速に対応するため(量産時)」で55.3%、次いで「新製品開発などで必要になるため(設計開発時)」が28.7%となっている(図5)。

図5 ロースペックな技術も国内に必要な理由
図5 ロースペックな技術も国内に必要な理由(出典:2008年版ものづくり白書 図122-10)

 日本のものづくり企業は、研究開発や新商品開発といった上流工程を国内に集約させるとともに、部品の調達に関しても国内のサプライヤを重視する姿勢がうかがえる。これは日本の景気拡大に伴い国内市場が活性化したことや、アジアの人件費が高騰しコストメリットが薄れたことなどが影響しているのだろう。また、白書が「製品のカスタマイズ化の進展」と題したコラムで指摘しているように、企業間で取引される部品や材料はほぼ同一の仕様であっても、実際には細かな点でカスタマイズされることが多い。メーカーとユーザー間で何度も設計情報を摺り合わせなければ性能が出ない製品であれば、いったん取引が成立すると簡単に他社へ切り替えることはできなくなる。こうした囲い込み効果も、国内志向の強さに影響しているようだ。

 日本のものづくりは、工程の全般において国内志向の強さばかりが目に付く。これは国内のものづくり従事者にとって喜ばしい現象といってもいいかもしれないが、そう浮かれてばかりはいられない。日本のものづくりにとって本当の脅威は、アジアの新興国ではなく、足元の人材問題なのだ。

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