あなたの行動を制約しているのは“ジレンマ”だ:ジレンマ解消! TOC思考プロセスの基本を学ぶ(1)(2/3 ページ)
TOCは工場の生産性を改善するだけの手法にとどまらない。相反するニーズの板ばさみに悩まされる組織の「ジレンマ」を解消し問題解決を目指す体系的なアプローチ「TOC思考プロセス」を紹介しよう。
これまで皆さんはどうやってジレンマを解いてきたか
それでは、ジレンマ(問題)を解くために、これまではどういった行動が取られてきたのでしょうか。よくあるジレンマの対処法に「妥協」や「歩み寄り」があります。ジレンマを抱えていると、お互いの立場に配慮して妥協が起こりやすいといわれています。
しかし、妥協や歩み寄りという行為は、果たしてジレンマを根本から解くことになるのでしょうか。例えば、値引きを仕掛けてきたライバルメーカーにシェアを奪われないためにどうするか、という議論を考えてみましょう。一方は「対抗して値引きをしてシェアを確保すべし」と主張します。しかし一方では値引きは利益減に直結するから「値引きはすべきではない」という対極の主張を展開しています。
「値引き派」はライバルメーカーに負けないためには最低15%の値引きが必要だと主張します。しかし「値引きしない派」は利益確保という観点からは値引きは1円でもすべきではないと考えています。15%と0%。このジレンマをどう解いたらよいのでしょうか。
こういったケースが典型的に妥協が成り立つパターンです。双方が自分の意見を声高に主張すればするほど、お互いが納得する結論を出すのは難しくなり、議論はなかなかまとまりません。そして議論の結論は往々にして妥協的だったりするのです。その結果、「お互い痛み分け」という決着で、例えば中間を取って7.5%の値引きが決定されたとしましょう。しかしこれは、お互いのジレンマを解消したことにはなりませんね。図1をご覧ください、0%派には主張する理由がありますし、15%派にもそれが最善の道であると信じるに足る根拠があるのです。
もしも実際に7.5%という妥協案を実行してしまったらどうでしょう? シェアも確保できず、業績も悪化するという最悪の結果を招くのは容易に想像できます。何も解決しないといどころか、状況はかえって悪化するのです。「普通はそんなにバカなことはしないよ」と思われるかもしれませんが、新聞でよく見かける永田町の「政治的決着」とは妥協以外の何物でもなく、ビジネスの世界でもこういった政治的決着は決して珍しくはありません。
ホッケー・スティック・シンドロームという名の妥協
工場には、パターンは違いますが、典型的な妥協が存在します。「ホッケー・スティック・シンドローム(月末症候群)」という現象をご存じでしょうか。現象は簡単で、図2のように月初の1日から20日までの出荷累計の倍以上の数量が月末の10日間に出荷されます。これは工場規模や業種、生産品目などにはあまり関係なく、期間の長さは決算が行われるサイクルによって決まります。なぜ、この現象がジレンマの産物なのでしょうか。実はこの現象は2つの異なる要求に対する妥協の結果生じているのです。
この妥協の行動パターンは、1日から20日までは自分たちが評価されるような行動を取り、個別工程の生産性を最大(原価を最小)にしようとします。効率を優先するために段取り時間を節約し、先入れ先出しを無視した結果、至るところで大ロットが発生します。各工程がこの行動を取ると過剰仕掛りと欠品が同時発生します。また発生した大ロットは、「大きな蛙を飲み込んだ蛇」のように工場内を動き回り、本来ならばまだ余裕があるはずの工程もネック工程となってしまい、出荷遅れが頻発し業績を悪化させます。
この状態で月末が近づいてくると、別の行動パターンが登場します。今度は大幅な出荷遅れをばん回するため、工程の生産性や単位原価のような部分尺度は一時的に無視され、出荷目標を達成するために、何とか出荷できそうな部分完了オーダーの督促を行い、ロットを分割し並行処理を行わせ、優先順位を変更して作業スケジュールも変更します。
奮闘の結果、月末の出荷は一時的に増加し何とか帳尻を合わせるのです。しかし、このような行動の結果、各工程の生産性は非常に悪化し、翌月の生産性を向上させるために再びホッケー・スティック・サイクルが繰り返されるのです。
この現象はジレンマへの妥協の結果生じています。月の初めは個別の生産性を向上させる行動、月末の10日間は納期と出荷目標を達成する行動を取るというように、1カ月の間に2つの行動パターンを使い分けているのです(図3)。このように「ジレンマに妥協する」とは、決してジレンマを解決しているわけではなく「似て非なる、安易な第3の道」を選択することだということがお分かりいただけたでしょうか。
もう1つジレンマに対処する典型的な方法に「二者択一」があります。一般的に「妥協」が成立する場合は、時間やお金などの限りある資源の取り合いですが、「二者択一」は宗教、思想といった個や組織の存立の根幹部分がそのまま対立しているような場合が多いのです。このような状況では「妥協」や「取り引き」の生じる余地は少なく、宗教や民族の対立ではときに文字通り抹殺(エスニッククレンジング:民族浄化)といった悲劇を生み出したりもします。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.