組み込みは面白い “教育を変えれば状況は変わる”:組み込み業界今昔モノがたり(3)(2/2 ページ)
「モノ作りは人作り」「ソフトは人なり」。ベテランエンジニアが伝えるそのメッセージとは? 組み込み業界の魅力を再認識する
企業として取り組むべきこと
「そうはいっても個人ベースでの頑張りには限界がある、そこをカバーすべきは組織自身だ」と中根さん。これまで人作りを後回しにしてきた企業に対して手厳しい意見を述べるとともに、今後取り組むべき施策について熱意を込めて語る。
企業の技術的な基礎研修は、長く座学が中心だった。座学が決して悪いわけではないが、それだけでは不十分で、“理論と併せて実践も行わなければ、本当に使える知識とはならない”という。
ここでは理解を容易にするために電気で話を進めてみよう。電線に電流を流す。抵抗を配していなければ、理論上は電流の値に減衰はないはずだ。しかし、実際には電線そのものがわずかながら抵抗となって働くために、流れる電流には理論値との間にズレが生じる。そういうことは実際に実験して手を動かしてみないと分からない。
そういうことに気付いた企業の中には、技術研修の一環としてPCの自作を教育メニューに組み込んだところがあるという。CPUなど主要部分のスペックだけを簡単に決めて、後はマザーボードから何からすべて自由に作らせるのだという。下手に集合教育で“コンピュータとは何か?”という講義をぶつより、よほど教育効果があるそうだ。ここでも中根さんは“手を動かすことの重要さ”を語る。
「最近はキット化が進んでいるとはいえ、部品を1つ1つ自分で調べて選び、それを1つに組み上げていくというのはモノ作りそのもので、電源を入れて無事に動いたときには純粋に感動します。この感動を経験するということが何よりも大事。手を動かして作り上げたモノが、実際に動いたり、光ったり、音が出たり、変化したりする。それこそがモノ作りの醍醐味(だいごみ)で、喜びでもあります。モノ作りをする企業は、そのことを技術者の卵や、すでに技術者になった人たちにも、繰り返し繰り返し飽くことなく説いていく義務があると思います」(中根氏)
“持てる人材に対して、常に目的意識を持たせ、技術者や組織人としての成長を意識付けるということ”も、企業の果たすべき使命だという。
「何のために作っているのか」。そこに明確なビジョンを見いだすことができれば、人は意欲を持って働くことができる。業務の専門分化はやむを得ないことかもしれないが、モチベーションを引き出すために、目前にビッグピクチャーを掲げておくことは重要だ。また、技術者を目標を完遂するための単なる“駒”として扱うのではなく、個々人のキャリアアップを視野に入れた人材戦略を行うことで、組織レベルそのものを高みに引き上げていくことも考えなければならない。
スケールが大きく、胸を張って誇れる仕事
『組み込みは面白い』。中根さんは、何十年も組み込み業界を経験していながら、いまだに少年のように目を輝かせてそう語る。
なぜ、そうなのか?
1つには、形あるモノとして誰の目の前にもはっきりと示すことができるからだ。形あるモノには迫力がある。存在感がある。そして、それが動くことで望まれた役割を果たすことができる。また、無から有を生み出すこともできる。これまでまったく存在しなかったモノを生み出して、世の中を根本から変えてしまうことも可能だ。そんな大それたことは、モノ作りだからこそできることだ。
そして、組み込み製品は社会で広く使われることが前提になっているモノが多い。つまり、社会インフラなのだ。“あれは私が作ったモノ、かかわったモノ”と胸を張って誇れる割合は、どの業界よりも高いのではないだろうか。そして、うまくいけば世界の市場で歓迎されることも可能だ。製品には言葉の壁は存在しない。いいモノを作れば、そのままグローバルで認められる。そんなスケールの大きさが組み込み業界にはあるのだ。
それだけに責任も重大だが、勤勉で、緻密(ちみつ)で、完ぺき主義の私たち日本人には十分な資質があり、向いていると思う。いまやるべきことは、かつて持っていた誇りと仕組みを取り戻すことだ。中根さんは組み込み業界の人々にそれを思い出してもらうために、今日もコンサルティング活動で東奔西走している。(次回に続く)
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