ETSSは人材&スキル不足を解決できるか?:組込みスキル標準(ETSS)入門(1)(2/2 ページ)
業界を慢性的に悩ませている人材不足。これに対する取り組みの1つが、“スキルの可視化”を目指す組込みスキル標準である
組込みスキル標準(ETSS)概要
組込みスキル標準(Embedded Technology Skill Standards:以下ETSS)は、組み込みソフトウェアの開発力強化を実現するため、「人材育成」や「人材の有効活用」の指針となることを目的として策定されました。産学官の有識者で構成された「組込みソフトウェア開発力強化推進委員会」によって検討が進められ、2005年の5月に初回の公開が行われました。
ETSSは次の3つの要素で構成されています。
- スキル基準
組み込みソフトウェア開発の技術スキルを体系的に整理し、定量的に可視化するためのフレームワークです(2005年5月版ではVersion1.0)。 - キャリア基準
組み込みソフトウェア開発にかかわる人材の職種と職掌を定義し、その職掌を担うために必要なスキルなど要素の関連付けします。ETSSにおける“キャリア(career)”は、「経歴・経験」ではなく、「職種」を意味します(2005年5月版ではDraft)。 - 教育カリキュラム
組み込みソフトウェア開発に関する人材のスキルアップやキャリアアップを支援するための仕組みです(2005年5月版では「組込みソフトウェア開発未経験者向け教育」)。
ETSSを構成するこれらの3つの要素は、それぞれが有機的に関連しています(図1)。
キャリア基準は、ETSSのスキル基準のフレームワークを利用して、各職種の職掌を果たすために必要な技術スキルを定義します。教育カリキュラムも、研修コースの履修内容となる知識や技能を表現するために、ETSSのスキル基準を参照します。これにより、組織や技術者のスキル診断結果を基にしたキャリアアッププランの検討や、キャリアアッププランと連携した適切な研修コースの選択などに活用できるものと考えています。
ETSSスキル基準
ETSSスキル基準は、組み込みソフトウェアに関する技術を体系的に整理し、そのスキルレベルを定量的に可視化するためのフレームワークです(図2)。
ETSSスキル基準が定義するフレームワークでは、組み込みソフトウェア開発に関する技術スキルを次の3つの「スキルカテゴリ」に分類します。
- 技術要素
組み込み製品自体の構成要素として使用されている技術スキル - 開発技術
組み込みソフトウェアを作成する際に駆使する技術スキル - 管理技術
組み込みソフトウェア開発プロジェクトを適切かつ円滑に運用するための技術スキル
ETSSスキル基準は、これら3つのスキルカテゴリを基点とした階層構造になっています。
スキルカテゴリの下に、関係する組み込みソフトウェア開発技術を階層的に分類していきます。この階層の深さを「スキル粒度」として、階層が深くなるにつれて具体的な技術項目となるようにします。スキル診断を行うのに適当な技術項目が分類できるようになるまで階層を深め、その最下層に分類された技術項目を「スキル項目」とします。
スキル基準として標準化されているのは、第2階層までです。第3階層以降は定義されておらず、利用者側で規定するものとしています。スキル基準の第1階層と第2階層の項目は、組込みソフトウェア開発力強化推進委員会が抽出・選定しました。これは、委員会に参加している委員企業が実際に使っている技術項目や既存の規格および標準(注)を参考に、体系的に整理したものです。
- 情報処理技術者試験スキル標準 テクニカルエンジニア(エンベデッド)
- 情報処理技術者試験スキル標準 ソフトウェア開発技術者
- ITスキル標準 プロジェクトマネジメント
など。
こうして抽出・分類したスキル項目ごとに、技術者や組織を「初級」「中級」「上級」「最上級」の4段階でスキル診断します。このスキル診断結果から、診断対象の技術者や組織の強みや弱みを定量的に判定することができます。この診断結果と、開発プロジェクトで必要とする技術スキルの分布を対比することで、プロジェクトへの適切な要員配置やスキル不足によるリスク回避プランの立案検討などに活用できます。また、組織の人材育成計画立案のために、現状の技術スキル状況の把握、人材育成目標の設定、人材育成結果のパフォーマンス測定などを定量的に管理するのにも有効です。
ETSSキャリア基準
2005年5月に公開されたETSSキャリア基準(Draft)では、組み込みソフトウェア開発にかかわる職種を9つに分類し、その職種ごとに個別の専門分野を設定しました(図3)。
キャリア基準では、すでに役割が広く認められている職種だけではなく、今後組み込みソフトウェア開発分野で重要性が増すであろうと考えられる職種についても定義を行いました。その中からいくつかの職種を挙げると、
- サポートエンジニア
SEPG(Software Engineering Process Group)などの開発プロセスやツールなどの導入、運用支援などの役割を担う - ブリッジエンジニア
ソフトウェア開発の実に80%以上が外部委託している現状において、拠点間のギャップを埋める役割を担う
などは、ソフトウェア開発力強化の観点から重要度が増すのではないかと思います。また、組み込み製品の品質を維持・推進する役割を担う職種として、「テストエンジニア」「QAスペシャリスト」といった品質に関する職種を明示しました。
キャリア基準では、職種/専門分野ごとに、プロフェッショナルとして要求される経済性と責任の度合いとして7段階のキャリアレベルを提示しています。この責任の度合いを図4のように定義しています。
この7段階のレベル定義は、IT関連サービスに関するスキル基準である「ITスキル標準」(通称ITSS)と同等です。構造の共通性が、IT系と組み込み系技術者の間でのキャリアチェンジといった相乗効果を生む足掛かりになると考えています。将来、「IT系」や「組み込み系」といった垣根をなくし、双方の領域に適切に人材を流動させる指標となるように検討を続けています。
ETSS教育カリキュラム
現在公開されているETSS教育カリキュラム(Draft)は、組み込みソフトウェア開発未経験者向けの教育カリキュラムです(図5)。
バージョンを“Draft”とした理由は、組み込みソフトウェア開発分野全体を網羅した教育カリキュラムには、まだなっていないという判断からです。しかしながら、「未経験者向け」と対象を限定すれば、十分といえる内容を提示しています。
組み込みソフトウェア開発に従事している人材のレベルアップを目的とする、経験者向け教育カリキュラムの仕組みについては、2005年度以降の検討事項としています。その成果として、教育カリキュラムフレームワーク(Version1.0)を2006年の春以降に公開する予定です。
これまで、組み込みソフトウェア分野特有の技術や特性を考慮した、体系的な教育はほとんど存在しませんでした。そのために、組み込みソフトウェア分野における人材育成の大半が現場教育に頼っていました。このようなやり方は、実践的な業務教育ができる半面、配属先の環境や上長などの各種条件によって習得レベルにバラツキが生じたり、習得できる範囲が限定的になってしまうといった欠点がありました。未経験者向け教育カリキュラムは、大学生や新入社員、他分野からの参入者などを想定して、この分野へエントリするための教育は何かについて体系的に整理したものです。
未経験者がエントリするために習得すべき項目を抽出すると、ほかの分野でも使用されている項目があります。例えば、「コンピュータの基礎技術」や「ネットワーク技術」「C言語」「プロジェクトマネジメント技術」「リーダーシップ」などは、組み込みソフトウェア開発分野特有の技術ではありません。これらの他分野と共通で、すでに研修体系が整備されている項目に関しては、ETSSの教育カリキュラムでは対象外としています。これらの項目については既存のもの(具体的にはITスキル標準の「研修ロードマップ」など)を活用することとしています。このため、ETSSの未経験者向け教育カリキュラムの研修コースは、組み込みソフトウェア開発分野特有のものを中心に構成しています。
今回は、組込みスキル標準(ETSS)策定の背景やETSSの概要について説明しました。次回から、ETSSの3つの構成要素についてそれぞれ詳細に説明する予定です。(次回に続く)
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