ITRON(API)からT-Engine(インフラ)へ:組み込み向けリアルタイムOS最新動向(1/4 ページ)
日本の業界を支えてきた「ITRON」の思想はいま、T-Engineへと昇華した。ITRONの誕生からT-Engineの現状までをお伝えする
TRONプロジェクトとリアルタイムOS
TRONプロジェクトは、身の回りのいろいろな機器にマイクロコンピュータを内蔵してインテリジェント化し、それらの協調動作によってより良い環境を実現することを目的として、21年前の1984年に始まった。このTRONプロジェクトの一環として設計、標準化されたリアルタイムOSの仕様が「ITRON」である。以来、ITRONは多くの家電製品やAV機器、OA機器、自動車などの工業製品に採用され、日本の組み込み技術を支えてきた。その成果は、今日のユビキタス社会へとつながっている。
ITRONをはじめとする組み込み機器制御用リアルタイムOSについての説明はいまさら不要かもしれないが、「組み込み」「リアルタイム」「マルチタスク」の3つのキーワードがその原点であり、これらのキーワードの重要性は現在でも変わっていない。
AV機器、家電 | テレビ、ビデオ、デジタルカメラ、セットトップボックス、オーディオ機器、電子レンジ、炊飯器、エアコン、洗濯機 |
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個人用情報機器、娯楽/教育機器 | PDA、電子手帳、カーナビ、ゲーム機、電子楽器 |
PC周辺機器、OA機器 | プリンタ、スキャナ、ディスクドライブ、CD-ROMドライブ、コピー、FAX、ワープロ |
通信機器 | 留守番電話機、携帯電話機、ATMスイッチ、ネットワークルータ、放送機器/設備、無線設備、人工衛星 |
運輸機器、工業制御/FA機器、そのほか | 自動車、プラント制御、工業用ロボット、エレベータ、自動販売機、医療用機器、業務用データ端末 |
表1 ITRONの主な適用分野 |
「組み込み」とは、より大きなシステムや機器を制御するための手段や道具として、マイクロコンピュータによる計算機能を利用することである。デジタルカメラを制御するコンピュータも組み込みシステムの例の1つであるが、このコンピュータはシャッタースピードやフォーカスの機械的な制御を行うために、センサーからデータを収集して計算を行う。しかし、この計算自体がデジタルカメラというシステムの最終目的ではなく、計算結果に基づいてレンズやシャッターを制御し、きれいな写真を撮ることがこのシステムの最終目的である。言い換えると、PCやメインフレームのようにコンピュータが主役なのではなく、コンピュータは1つの部品であり脇役にすぎないのである。
しかしながら、脇役だから開発が楽で手を抜いていいのかといえば、むしろ逆である。主役であるシステム全体を引き立てるために、多くの制約条件との戦いが必要である。例えば、デジタルカメラの例も含めて、多くの組み込み機器は携帯性と低コスト化を要求されるため、省電力、省スペースの制約が厳しく、CPU性能やメモリ容量もギリギリまで削られる。その要求は、PCなどと比較してもはるかに厳しいのが一般的である。
次のキーワードである「リアルタイム」とは、一定時間内に処理が完了すること、反応が十分に速いことを意味し、機器を制御する場合には当然必要となる機能である(注)。また、「マルチタスク」とは、複数の処理を同時に行える機能であり、これも機器の制御には必須である。デジタルカメラの例でいえば、オートフォーカスの制御を撮影対象、特にスポーツ写真を撮る場合のように動きのあるものに追従させるためには、リアルタイムな処理が要求される。また、シャッターボタンを押してから実際の撮影を行うまでの反応時間も十分に短くなければならない。フォーカスやレンズの絞り、ズームなどの制御を同時に行いつつ、シャッターボタンやモード切り替えボタンなどにも対応するには、複数の処理を並行して行う必要があり、「マルチタスク」の機能も要求される。
デジタルカメラの例に限らず、組み込み機器制御用リアルタイムOSでは、「組み込み」「リアルタイム」「マルチタスク」の3つの機能をできるだけ低コスト、省資源で実現することが重要であり、その代表的なものがITRON仕様のOSであった。
ちなみに、Linuxは「マルチタスク」ではあるが、「組み込み」と「リアルタイム」に関しては、組み込み機器制御用OSとしての要求にはなかなか適合しない。Linuxはもともと低コスト、省資源を意図して開発されたわけではないし、リアルタイム処理も不得意である。これらの点を改善するために開発されたのが組み込みLinuxであるが、実際のリアルタイム性能をITRONやT-KernelなどのリアルタイムOSと比較した評価では、まだまだ性能面で差が大きいのが現状である。
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