検索
Special

生成AIを現実世界へ、デンソーが示す「フィジカルAI」の可能性「mcframe Day 2026」レポート

生成AI、ロボティクス、デジタル技術の急速な進化により、製造業は新たな転換期を迎えている。ビジネスエンジニアリングは「mcframe Day 2026」を開催した。本稿では、生成AIの現在地と、製造業の新たな価値創出を後押しする「フィジカルAI」の可能性を紹介した、デンソー 研究開発センター シニアアドバイザーの成迫剛志氏による基調講演の内容をレポートする。

PC用表示
Share
Tweet
LINE
Hatena
PR

 ビジネスエンジニアリングは2026年3月12日、主催イベント「mcframe Day 2026」を開催した。同社の製造業向けデジタルプラットフォーム「mcframe」の30周年を機に企画された同イベントは「築き上げた力で、新たな未来を創る。」をテーマに掲げた。AI(人工知能)やデジタル技術を活用した競争力強化、SCM(サプライチェーンマネジメント)システム導入による業務効率化、データ活用によるイノベーション創出など、製造業の課題に対する実践的な知見を共有する場として位置付けている。

 基調講演では、デンソー 研究開発センター シニアアドバイザーの成迫剛志氏が「生成AIの現在地とロボティクスとの融合〜ロボットに生成AIを搭載するのではなく、生成AIをロボティクスでリアル世界に召喚する〜」をテーマに登壇し、生成AIを新たな価値創出につなげる視点と、その先にある「フィジカルAI」の考え方を示した。本稿では、その講演内容を紹介する。

photo
mcframe Day 2026の基調講演の様子[クリックで拡大]

新たな汎用技術になりつつある生成AIの現在地

photo
デンソー 研究開発センター シニアアドバイザーの成迫剛志氏

 成迫氏は、生成AIが社会や産業全体に大きな影響を与える「汎用技術」になり得ると説明する。「汎用技術とは『単一の産業分野にとどまらず、経済全体に広範かつ持続的な影響を与える基幹的な技術』で、その代表例がインターネットです。インターネットは生活や産業構造を大きく変え、それを基盤に新たな価値を生み出した米巨大テック企業が、時価総額ランキングでも存在感を示すようになりました。一方で、日本企業はインターネットを活用した新たな価値創出という点で、優位なポジションを築けませんでした」と成迫氏は汎用技術に関する変遷を振り返る。

 日本企業がインターネット時代に立ち遅れた理由の1つが、新しいテクノロジーの活用目的の違いだ。新技術の活用目的によって、ビジネスへの影響は大きく異なる。合理化や効率化、コスト削減を目的とした活用は、短期間で効果が生まれやすいが、多くの企業が使えば差別化の力は薄れていく。一方、新たな顧客価値や社会価値の創出を目指す活用は、当初は成果が見えにくくても、立ち上がれば大きなビジネス貢献につながる。

photo
テクノロジーの活用とビジネスへの貢献度合いの関係性[クリックで拡大] 提供:成迫氏

 成迫氏は、米PwCの調査結果を引用し「米国企業が生成AIを顧客満足度や顧客価値の向上に活用しようとしているのに対し、日本企業はコスト低減や工数削減に寄りがちです」と指摘する。その上で「生成AIが汎用技術になろうとしている今、(インターネットの歴史を振り返れば)コスト削減や合理化、効率化に取り組むのはもちろんですが、新たな顧客価値や社会価値の創出にも取り組む必要があります」と強調した。

AIの能力を現実世界につなぐ「フィジカルAI」

 現在、生成AIは人との会話やプログラミングなど「言語」を得意とし、さらに画像、動画、音声などを複合的に扱うマルチモーダル化も進んでいる。絵を描いたり、作詞や作曲、演奏をしたり、動画を生成したり、1枚の写真から3Dモデルや立体物を再現するといったように、その活用範囲は創造的な領域にも広がっている。実際に講演内では、生成AIが作成したmcframeの歌やオリジナルクイズなども披露され、会場を盛り上げた。

 ただ、これまでの生成AI活用の多くはサイバー空間で完結してきた。これに対し、生成AIをロボティクスと組み合わせて現実世界へ引き出す「フィジカルAI」が広がりつつある。成迫氏は、フィジカルAIをヒューマノイドと同一視すべきではないとした上で、その本質は、AI業界で使われている「Embodied AI」の考え方に近いと説明した。Embodied AIは、物理的またはバーチャルな世界とやりとりしながら学習し、機能を改善していくAIシステムを指す。身体性を持つエージェントベースのAIシステムで、物体操作や人とのコミュニケーション、物理作業の支援などを行う。

 成迫氏はフィジカルAIの実例として、人間の曖昧な指示を対話によって明確化し、ロボットの役割や利用可能なスキルを踏まえて、生成AIが行動を判断しロボットを動かすアーキテクチャを構築した。このアーキテクチャを使い、これまでに数々の社会実験を行っていることを説明した。

photo
生成AI×ロボットによるフィジカルAIの構成[クリックで拡大] 提供:成迫氏

 例えば、ショップの販売支援や、オリジナルコーヒーブレンドを作るコーヒーのバリスタ、カクテルを作るバーテンダーなどの役割をこなす事例を紹介。人とロボット、さらにはロボット同士が日本語で対話しながら協調する姿を示した。さらに、多能工によるフレキシブル生産をロボットに担わせる試みや、変種変量生産ライン、ロボットの異常からの自動復帰への活用などの事例も示した。

photo
photo
ロボットが人と対話しながら、オリジナルコーヒーブレンドを作ったり(上)、カクテルを作ったりする社会実験の様子(下)[クリックで拡大] 提供:成迫氏

 成迫氏は「フィジカルAIはさまざまな場面で活用できる可能性があります。サイバー空間で発展してきた生成AIの能力を、ありとあらゆる形で物理世界へ持ち込めることこそが、その大きなポテンシャルです」と期待を語った。

AIは仕事を奪うものではなく、人の能力を拡張する存在

 基調講演の後半では、成迫氏と共にビジネスエンジニアリング 代表取締役社長の羽田雅一氏が登壇し、対談によって生成AIやフィジカルAIが現場や仕事の在り方をどう変えていくのかについて議論を深めた。

 まず論点となったのが、「AIの進展によって人間の仕事が奪われるのではないか」という点だ。これに対して成迫氏は、自身が生成AIを活用してAIアートコンペでグランプリを受賞したことや、AIによって楽曲を形にできるようになったことを例に挙げ、AIを脅威としてではなく「人間の能力や技能、技術を拡張してくれる存在」として捉えるべきだと説明した。

 さらに「インターネットの登場によって情報収集の方法が大きく変わったように、AIもまた人の活動を効率化し、可能性を広げる技術だと考えます。インターネットが普及したからといってそれまでにあった仕事の大半はなくなっていません。同様に、AIの普及も仕事を単純に消し去るものではなく、仕事の進め方や価値の出し方を変えるものだと捉えています」と成迫氏は認識を示す。

photo
ビジネスエンジニアリング 代表取締役社長の羽田雅一氏

 羽田氏も同調し「世の中では『この仕事はなくなる』といった言説がしばしば語られるものの、実際にはそう単純な話ではありません。経営面でも、定型的な分析や整理はAIに任せられるかもしれませんが、新しい取り組みや挑戦的な意思決定では、熱意や直感、責任を引き受ける覚悟といった、人間ならではの要素が依然として重要です」と重ねた。

 さらに羽田氏は、講演前半で紹介されたデモの中に人間がロボットから学ぶ姿も含まれていたことに注目し、人間とロボットを区別せずに捉えること自体が「大きな発想の転換となるかもしれません」と訴えた。成迫氏も、AIやAIロボット、フィジカルAIは単なる「道具」ではなく「同僚」や「仲間」に近い存在になると説明し「人間の仲間に頼む方がいいことは人間の仲間に頼み、AIロボットの仲間に頼めることはロボットの仲間に頼めばよいとなってくるでしょう。そういう感覚になると、世界が変わっていくのではないでしょうか」と述べた。

 こうしたAIを「仲間」として捉える発想は、製造業が抱える技能継承の課題にも新たな可能性をもたらす。現在でも、工場の保全や製造の現場では「俺の背中を見て学べ」といった“怖い熟練者”の存在があるが、成迫氏は、こうした熟練者は人間相手には厳しく後進育成が難しい一方で、AIには比較的寛容に接し、丁寧に知識やノウハウを伝えてくれる場合があると説明した。「暗黙知を形式知化する一つのヒントになるかもしれません。暗黙知を形式知化できれば、それをさらにAIロボットやAIシステムを介して新人教育に生かすなど、広く展開していける可能性が出てきます」(成迫氏)

フィジカルAIで日本の製造業の強みを生かす

 さらに、フィジカルAIが日本の製造業にどのような可能性をもたらすのかについて、より踏み込んだ議論が展開された。羽田氏は、「AIだけではリアルな世界との接点やフィードバックに限界があるのではないか」と危惧した上で、人間は現場で、熱い、重い、危ないといった感覚を五感で捉えながら働いているが、カンやコツ、経験に基づく判断を今後どのようにAIと結び付けていくのかと問いかけた。

 これに対して成迫氏は、人間のカンやコツは五感に支えられている部分が大きく、まさにそこがフィジカルAIの領域だと応じた。その観点からすると、サイバー空間のAIでは米国や中国が先行している一方、フィジカルAIでは日本が強みを発揮できる可能性があるという。フィジカルAIでは、物理世界のセンサーやアクチュエーターが不可欠になるため、日本の製造業が培ってきたモノづくりの力や現場実装力が生きるという。成迫氏は、こうした領域に取り組むことで、日本が「世界に負けないフィジカルAI」を実現できる可能性があるとした。

 さらに成迫氏は、フィジカルAIは必ずしもヒューマノイドである必要はないとも語った。新しい機械を導入せずとも、既存の工場ラインや設備にはすでに大量のデータが蓄積されており、そこにAIを組み合わせてリアルタイムに判断や制御を行えば、ボトルネックの解析や稼働率の向上など、さまざまな価値を生み出せる。既存設備のフィジカルAI化という発想だ。「FA機器や作業ロボットにAIを組み込み、人と協調して働かせる方向には大きな可能性があります」と羽田氏もその方向性に賛同した。

photo
対談をする成迫氏(右)と羽田氏(左)

 講演の最後に成迫氏は、生成AI時代の製造業に求められる視点について、次のようにまとめた。

 「私はインターネットの黎明期にインターネットそのものを一生懸命作っていました。しかし、大きなイノベーションが起きたのは、インターネットそのものではなくインターネットの上で何をするかという世界でした。だからこそ皆さんにも、新たな価値創出にぜひ取り組んでいただきたいと思っています。そして、それは1社だけで進めるのではなく、企業同士が連携して取り組むことが重要です。日本の製造業がフィジカルAIを活用することで将来的に国際競争力を高めることにつながってほしいと願っています」(成迫氏)

 AI活用が進む今、重要なのは効率化の先にある価値創出の視点だ。成迫氏が言及した、生成AIをリアル世界へと広げるフィジカルAIの視点や、人とロボットが協調する未来像は、日本の製造業の新たな価値創出を考える上で重要な示唆を与えるものといえる。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.


提供:ビジネスエンジニアリング株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2026年5月14日

ページトップに戻る