ICTはモノづくりをどう変えるのか!? ――IoTとフロントローディングのもたらす価値:モノだけじゃない! 日本のモノづくり(8)
IoTやビッグデータ解析、ウェアラブル端末、3Dプリンタなど新たなテクノロジーがどんどん生まれる中、これらはモノづくりに関わる人々にとってどういう影響を与えるのだろうか。ICTを中心とした新たなテクノロジーの進化がモノづくりをどう変えるのか。プロトラブズ社長のトーマス・パン氏が、最新の製造系ICTに詳しい志田穣氏と対談する。
IoT(モノのインターネット)やウェアラブル端末、ビッグデータ解析、3Dプリンタなど、新たなテクノロジーが急速な勢いで登場し進化を続けている。設計や試作、製造などの現場にも関連するこれらの技術だが、実際のところモノづくりにどのような価値をもたらすのだろうか。ネットとITを駆使した短納期プロセスにより試作や小ロット生産を支え、多くのモノづくり現場を見てきたプロトラブズ社長のトーマス・パン氏が、ICTを活用したモノづくり革新のコンサルティングを行うクニエ(当時) シニアマネージャーの志田穣氏と、近未来のモノづくりプロセスの姿と最新技術をどのように活用できるかについて語り合う。
あらゆるデータをつなげて活用する
パン 志田さんはウェアラブル端末やIoTについての記事も書かれていますが(関連記事:ウェアラブル端末とモノのインターネットは「現場」の救世主となるか?)、例えばウェアラブル端末を取り上げた場合、製造現場にどういう効果があるとお考えですか。
志田 まず考えられるのは、「技術伝承」への効果的な活用です。最近では国内の製造現場の人手不足が深刻である一方、高齢化が進む現状があり、技術を新たな世代に伝えることが重要な価値を生むようになっています。これらベテラン技術者のノウハウを伝えるために、最近では作業の様子を動画で残す試みも行われています。ウェアラブル端末の機能が進化し、ベテラン作業者の視野や視点なども記録することが可能になれば、図面やデータ、外から撮影した動画だけでは表現しきれないノウハウを伝えられるようになります。
また、ネットワークと直接つなぐことができるので、ウェアラブル端末により、その現場で、状況を共有しながら指導や議論を行うという活用も可能になります。作業指示も、その場ですべきことをオンデマンドで指示できます。これらの数々の特性を使いこなせれば、今までのモノづくりやコミュニケーションの手法を抜本的に変革でき、新たな競争力の源泉となる可能性があります。
パン ウェアラブル端末もその一部だといえると思うのですが、IoTやM2Mなどへのテクノロジーの応用は、製品開発や製造のプロセスをもう一歩前に押し進めることになりそうですね。
志田 機械と機械だけではなく、人、システムなど、あらゆるものがネットワークにより直接つながることで、さまざまなプロセスの変革が広がると思います。例えば、音声認識機能を使えば、作業完了時に紙に記載したりPCに入力したりするのではなく、「完了」と言うだけで作業は完了します。現場では、今まで本質的な作業以外で課されていた負担が軽減でき、さらに経営陣にとってはリアルタイムで現場の生きたデータを見ながら各種判断を下せる。その結果、効率や品質だけでなく、設計でも製造現場でも、新たな発想や挑戦にリソースを割くことができるようになります。
パン われわれのビジネスも、ICTとインターネットがなければ実現できなかったものだけによく理解できます。しかし、そのためには「データ化」が鍵を握りそうですね。
志田 製品や商流の複雑さが増す製造業の環境を考えれば、データ化なしには今後のモノづくりは行えないと思います。例えば、オンデマンドで作業指示が行えるようにするには、作業指示データが必要で、そのためには部品表やそれにひも付く製品や設備のデータなどが必要です。体系立てられたデータがあれば、上流での変更も作業現場まで流れて来るはずです。
データは設計や開発、製造や販売まであらゆるところで発生し、いわゆるビッグデータとなっています。ビッグデータ活用というと販促やマーケティングのイメージが強いかもしれませんが、製造業はそれ以上に非常に幅の広いデータを収集することができます。それらをどうつなげ、どう活用するか、というのは今後の製造業にとって、大きなテーマとなると考えています。
製品の振る舞いを上流から設計する強み
パン 設計、開発の現場におけるプロセスの1つの方向性として「フロントローディング」という考え方があります。データ活用の広がりはフロントローディングにとってどういう意味を与えるのでしょうか。
志田 私は、良いモノづくりは「仮説をどれだけ多く検証できるか」に尽きると考えています。多くの仮説をスピーディーに検証して判断するためには、フロントローディングは必須です。例えば、設計の最終段階になって検証を行い、不具合が出たとしても、その段階で大きな変更は施せません。その意味で、設計のより早い段階で最終製品レベルの検証を数多く行うことが、最終的な製品価値につながると考えています。
3Dプリンタやプロトラブズさんの高速試作サービスも「より早く試作することでより多くの仮説を検証できる」という点で、モノづくりに大きな価値をもたらしていると考えています。ただ、フロントローディングを進め、より多くの「仮説の検証」を行うためには、データを活用しデータ段階での試行錯誤をいかに効率的に多く行うか、ということが重要になってきます。
例えば、シミュレーションや、モデルベース開発などの手段も活用されるようになっていますし、パラメトリックスタディのように、多くのデータから最適なものを見極めるという取り組みも増えています。IoTの活用などにより今後はさらに取得できる製品関連のデータは増えることになるでしょう。製品の振る舞いを、より上流の工程から作り込み、多くの可能性を検証する企業の製品は、最終的にはどんどん強くなると思います。
パン それには、データ分析の戦略が構築できて、さらにそれぞれのデータ分析ができる専門的な人材などが重要になりそうですね。
志田 はい。おっしゃる通り、製品全体をある程度理解した上で、各工程における役割を判断する人材が必要になると思います。データの専門家を活用するというのも1つの手ではありますが「どういう方向性で分析を行えば求める結果が出るのか」というのは、その業務に精通している人しか分かりません。
最終的には、設計現場や製造現場の人たちであっても、自分で集めたデータを、自分で分析・判断できることが理想の姿になるのかも知れません。現状では、ハードルが高く感じるかもしれませんが、これまでに登場した新しい概念と同様に、現場で簡単に使えるツールが出てくるはずです。現在もビッグデータ分析やデータの統合ツールなどでは、使いやすいツールも登場してきていますし、チャレンジしてほしいと考えます。
最先端の技術が人の気持ちに与えるもの
パン これだけ技術が進んだ時、人と技術の関係はより複雑になってくるように思います。いつ、どこで、誰が、どのように最新技術を活用するかという見極めが重要になってきますね。
志田 最初にウェアラブル端末と現場の疲弊について話をしましたが、実はウェアラブル端末が現場にもたらすものは、機能による効率化だけではないと考えています。一番大切なことは、現場で働く人が「最先端の技術を使って、最先端の仕事をしている」と思えることだと考えているからです。日本ではモノづくりの現場の仕事は3Kとされて敬遠されている現状が少なからずあります。しかし、ICTを活用することでそのイメージを変えられる可能性があるのです。働く人々の意識が変わることで、製品を作っている現場、あるいは修理している工場などの仕事の質が大きく向上することもあるかもしれません。
パン 人のモチベーションの力は非常に大きいですからね。経営層にとっても社員のモチベーションをどう生み出し、パフォーマンスを継続的に向上できるかというのは永遠の課題となっています。それを最新の技術が担うというのは非常に興味深い考え方です。そういう側面を考慮する経営層の方もいらっしゃるのですか。
志田 企業によって大きく異なっているといえるでしょう。新たな技術に無関心な製造業の経営層の方もいらっしゃいます。経営層の方々が、それぞれの技術の詳細までを知っている必要はないと思いますが、少なくとも大きなトレンドとなる技術や概念、ツール、データなどは常に吟味していく必要はあると思います。フロントローディング化が進む製品開発と同じように、自社の問題と最新技術をひも付けて前倒しでどんどん改善していけるようなプロセスを持っている企業が、結局、製品価値の強さを生み出していけるのではないかと考えています。
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