部門間の情報分断を打破し受注1.5倍と2万時間削減、ノーコードで挑むAI価値創出:工場起点で挑むデータ活用の実践知
顧客要望に応える「一品一葉」のモノづくりでは、部門間の情報分断や属人化が失注や納期遅れを招く。だがシステムの一斉導入や大規模開発の壁は高い。日機装は現場主導の基盤構築で、受注を約1.5倍にし、業務時間を約2.3万時間削減した。さらに、蓄積データとAIを活用し、新たなビジネス創出を目指す。その舞台裏に迫る。
顧客ごとのニーズに応じた「一品一葉」のモノづくりでは、営業部門がつかんだニーズを技術部門や工場へ素早く共有し、受注前から一体となって動くことが重要になる。しかし現実には、情報がさまざまな媒体に分散することで、連携が阻まれている。また、部門間の壁によって当事者意識が失われ、失注や納期の遅れを招いてしまう企業は多い。
長年根付いた属人化や部門間の壁を打破し、全社横断の連携を生み出すための、基盤構築の最適解とは何か。製造業が抱えるこうした共通課題の解決策を探る場として、サイボウズが主催した「製造業 IT Special Seminar」で注目を集めたのが、機械メーカーである日機装の講演だ。
現場のエンジニア自らが業務アプリを構築し、部門をまたぐ業務基盤を整備することで受注約1.5倍、約2.3万時間の業務削減を実現した日機装の、リアルな実践知に迫る。
営業、技術、工場――部門間の情報分断が失注リスクに
日機装は1953年にポンプの輸入販売からスタートし、現在ではグループ全体で8000人を超える従業員を擁するグローバル企業だ。特殊ポンプやプラント設備などを手掛ける「インダストリアル事業本部」、航空機部品を扱う「航空宇宙事業本部」、血液透析装置などを提供する「メディカル事業本部」の3つの事業本部で事業を展開している。
特にインダストリアル事業本部内にある精密機器事業では、量産品ではなく、顧客ごとの要求にきめ細かく応える「一品一葉」のモノづくりが特徴だ。インフラ設備から、AI(人工知能)に使われる半導体製造、バイオまで幅広い業界を支える日機装は、持続可能な未来社会の創造に向けて、暗黙知のデジタル化で脱属人化を図る「IT戦略」と、人とAIの強みを融合させて事業を発展させる「DX戦略」の2軸を推進してきた。
しかし、先進的な戦略を描く一方で、現場の情報共有はExcelやメールといった属人的なやりとりにとどまっていた。営業が聞き出したニーズが技術部門や工場へ十分に伝わらず、いつの間にか失注を招いてしまう。さらに、情報の分断によって要求納期に対応できず、顧客の生産計画に影響を及ぼす問題などが生じていた。
スモールスタートで、現場が自らノーコードでの構築を実現
こうした課題解決に向け旗振り役となったのが、日機装 インダストリアル事業本部 日機装技術研究所 精密機器技術センター センター長の森隆博氏である。IT専任者ではなく、装置の開発から設計、製造、顧客対応まで一貫して手掛けてきたエンジニア出身だ。
当時、工場長として現場に立っていた森氏が目指したのは、部門を横断して情報を共有できるシステムの導入だった。「まずはぼんやりとでも最終的なグランドデザインを描くことが重要でした。そのうえで、営業から工場まで、現場の全員が使えるシステムであることが必須だと考えていました」と振り返る。
一方、全員が満足するシステムを最初から作ろうとすれば、要件定義に時間がかかってしまう。そこで「小さく始め、スピーディーに進める」方針へと舵を切った。このスモールスタートと、現場主導でのシステム構築を両立させる業務基盤として、ノーコードで業務アプリを作成できるサイボウズの「kintone」を採用した。
kintoneを核としたデジタル基盤の構築に当たっては、「全情報の一元管理」を初期ビジョンに掲げた。当時は、サーバや個人メール、ファイル、紙など各所に情報が分散し、どこを見れば必要な情報にたどり着けるのか分からない状態だった。そこで、これらの情報をkintoneに集約し、必要な情報を一元的に確認できる状態を目指した。
その上で、具体的な取り組みを3つのフェーズに整理した。まずは限定部署でのワークフロー化からスモールスタートし、基幹システムと連携した全社業務の入り口となる基盤へと広げ、最終的には蓄積データを活用したビジネス創出システムへと発展させる計画を描いた。
営業の動きを見える化、技術部門や工場も案件を「自分事」に
第1フェーズの具体的な取り組みとして、kintoneを営業支援・顧客管理を担うSFA/CRMとして活用し、営業活動の可視化に取り組んだ。あわせて、これまで紙やExcelで行っていた業務をkintoneのワークフローへと移し、日常業務で使わざるを得ない状態をつくることで定着を促した。
まず、案件の内容や受注確度などを登録する案件管理アプリを構築した。営業担当者は、活動履歴として顧客への連絡や提案の内容、会話から得たニーズ、競合情報などを蓄積する。受注確度はABCDのランクで管理し、数値上の根拠だけでなく、「受注できそうだ」「少し心配だ」といった営業担当者の手応えまで記録する。これにより、従来は営業担当者個人にとどまりがちだった案件の状況を、関係者が確認できる形で残せるようになった。
また、技術部門を案件に巻き込むために“案件チーム”と呼ぶアプリも立ち上げた。「技術者も営業活動の状況を確認できるようにすることで、『自分がどのような支援をすべきか』を自ら判断し、案件を自分事として捉えてフォローできる仕組みを整えたかったのです」(森氏)。
これらのアプリにより、工場側でも案件の進捗や営業の活動履歴を随時確認できるようになり、顧客の希望納期を見据えた生産計画が立てられるようになった。営業部門だけで納期を決めて生産が追い付かなくなる事態を防ぐため、月1回の生産会議で受注時期や工程をすり合わせる運用も定着している。
第2フェーズでは、kintoneの活用範囲をさらに広げ、営業、技術、調達、製造、品質管理、サービスなど、各部門の情報を集約する「業務インタフェース」へと発展させた。各部門の業務に加え、危険予知活動やヒヤリハットといった安全管理、日々の日報までkintoneに集約し、誰もが見られる状態にした。現在では、営業部から技術部、製造部、品質管理部、アフターサービス部のメンバーを含めた、事業部全体のおよそ200人全員がkintoneを活用している。
さらに、kintoneを既存のERPとも連携させた。日機装のERPであるAS/400(IBM i)では、主にモノやカネに関する情報を扱っている。そこで、データ連携ツールを使ってAS/400とkintoneを連携させ、ERPの情報とkintoneに集約した各部門の情報を受注情報とひも付けた。これにより既存のERPを置き換えることなく、受注前の営業情報から、受注後の調達、製造、検査、サービスまで、部門を横断して製品に関する情報をつなぐPLMの仕組みが実現したのだ。
「例えば、部品の着荷時に『箱が潰れていた』という画像をkintoneに登録すれば、品質管理部門の受入検査でも確認でき、技術部門も参照できます。部門をまたぐたびに情報を伝える伝言ゲームがなくなり、関係者全員が同じ情報を見ながら動ける環境が整ったのです」(森氏)
蓄積した営業履歴や競合情報は、製品開発にも活用できるようにした。装置別や用途別にニーズを分析することで、個人の声だけでなくデータに基づいて開発テーマを検討できるようになり、失注案件を含む受注前の情報も次の活動に生かせる“財産”となっている。
こうした取り組みの成果は、数字として表れている。連携強化による組織的な営業活動が実を結び、受注は約1.5倍に拡大した。また、受注情報のデジタル処理やワークフローの構築といった業務改善により、年間2万3467時間の業務時間を削減した。「導入後も改善の手を緩めることなく、年々数千時間規模の時間短縮を実現し続けています」と森氏は語る。
「ためる」から「生かす」へ、蓄積したデータをAIが分析
現在、日機装は第3フェーズとしてAIの活用へと踏み出している。データ基盤がないままAIを導入しても成果は得にくいが、同社はkintoneで業務の土台を築き上げたことで、実務に直結するAI活用を実現している。
例えば、営業部門では「案件管理&活動履歴アプリ」のデータをAIで分析し、市場ニーズの把握や活動内容の要約、受注に向けた活動の方向性評価や対策レポートの自動生成に活用する。技術部門でも「技術標準アプリ」「ノウハウ&ナレッジアプリ」から重要ノウハウを抽出する他、「議事録アプリ」で全体の分析などにAIを活用している。
中でも、日報や活動報告をAIで分析する仕組みはマネジメントの在り方を変えたという。AIが進捗の要約や潜在リスク、メンバーの負荷状況まで整理するため、管理者は報告を待たずに状況を把握し先手を打って指示できるようになった。
森氏はAI活用の成果について、「状況把握のための報告会やミーティングは、感覚的には4分の1ほどになりました。早期に問題点が分かるので、後戻りする時間がなくなり、対策会議を開く必要もほぼなくなったことがメリットです。時間という概念が大きく変わったと言っても過言ではありません」と語る。
属人化からの脱却を加速し、新たなビジネスの創出へ
日機装がkintone導入当初に掲げた「全情報の一元管理」というビジョンは、取り組みの進展とともに変化してきた。現在は、構築したDX基盤とAIを活用し、「新たなビジネスを創出する」フェーズへと移行している。
今後は、基幹システムとkintone、AIを連携させ、蓄積したデータの分析により意思決定を迅速化する。設計業務では人の経験に依存してきたナレッジをAIで活用してスキルの底上げと時間短縮を図り、開発業務でも社内外のデータをAI分析して競合に先んじた開発を進めていく考えだ。
また、AIエージェントによるプロセス監視でルールの漏れや抜けを防ぎ、品質向上につなげる他、技術伝承に用いている動画をAIで分析し、必要なスキルポイントを抽出する活用も見据える。これまで進めてきた属人化や人依存からの脱却を、AIによってさらに加速させる考えだ。
森氏は「デジタル技術によって形式知へ転換するIT戦略は、しっかりと構築できました。次はこれをビジネスにどうつなげていくかです。kintoneで構築したデータ基盤を土台に、AIを通じて潜在的な課題の抽出や解決策を導出し、新たなビジネスの創出を図りたいと考えています。本年より推進しているこのDX戦略こそが、当社の現在の到達点です」と語った。
日機装の取り組みは、「営業部門の情報が技術部門や工場に伝わらない」という現場の課題から始まった。そこから日々の業務をkintoneという共通基盤につなぎ、情報を蓄積したことで、業務改善やAI活用へと取り組みを発展させている。情報の分散や部門間の壁に悩む製造業にとって、現場からスモールスタートで始め、段階的に仕組みを育てていけるkintoneは、全社データ活用基盤構築への確かな道しるべとなる。
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提供:サイボウズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2026年11月15日








