大阪公立大学工学部長の綿野教授が語る、医薬品の生産プロセスの“見える化”に有効なソフトウェアとは?:製薬の品質保証を実現するソリューション
近年、製薬業界では品質保証への関心が高まっている。品質保証で重要視されるのは製造プロセスの可視化だ。しかし、医薬品の製造に必要な粉体の混合や造粒、打錠、コーティングといった数々の工程を可視化するのは技術的にもリソース的にも難しい。その解決策となるソリューションを紹介する。
医薬品の製造に必要な粉体の造粒や混合、打錠、コーティングの工程を可視化するのは難しい。粉体を構成する粒子は複雑な挙動を示す場合が多く、各工程でどのように動き、どういう状態になるかといった現象を把握するためには、専門知識や経験、ノウハウが不可欠である。
そこで、製薬会社で導入が進んでいるのが離散化要素法(DEM)を用いた粉体シミュレーションソフトウェアだ。DEM粉体シミュレーションは、粉体を構成する粒子をモデル化し、それが各工程でどのように動き、どういう状態になるかをシミュレーションし可視化できるため、最終製品の品質が良好に保たれているかどうかの確認に役立つ。また、このソフトを使うことで、熟練の技術者でなくても各工程の状況を把握できるようになるため技能継承の手間も減らせる。
だが、DEM粉体シミュレーションの採用にあたり、「扱える人材の育成」「導入コスト」「シミュレーションに必要な計算時間の長さ」を懸念して、ハードルが高いと考える製薬会社も多い。
その解決策として製薬会社の関心を集めているのが、アルテアエンジニアリングのDEM粉体シミュレーション「Altair EDEM」(以下、EDEM)と、EDEMの活用方法を学べる大阪公立大学のシミュレーション・エキスパート短期養成講座だ。
簡単な操作で粉体の造粒、混合、打錠、コーティングをシミュレーション
EDEMは、粉体の挙動を迅速かつ正確にシミュレーションと解析が可能なソフトウェアで、製薬に必要な粉体の造粒、混合、打錠、コーティングの工程をシミュレーションできる。
粉や粉体材料を均一な大きさや形状の粒に生成する造粒工程では、EDEMを利用することで各種の造粒操作、例えば、高速撹拌造粒、転動造粒さらに押し出し造粒をシミュレーションモデルで再現できる他、流体解析との連成解析(流体や構造など複数の領域の相互作用を考慮した解析)によって流動層造粒などのシミュレーションモデルも構築可能だ。粒子の空間分布や速度分布、粒子にかかる応力の分布も確かめられる。
2種類以上の物質を混ぜて成分を均一にする混合工程では、EDEMを利用することで混合に使う装置の内部をシミュレーションできる。装置改良で生じる偏析や詰まりなどを事前に確かめられるだけでなく、最適な充填(じゅうてん)量や運転条件を決定できる。EDEMのPythonライブラリ「EDEMpy」は、粉体の混合性評価におけるポスト処理をカスタマイズすることで、グラフやシミュレーションモデルで粉体の混合性も可視化する。
粒に圧力を加えて錠剤に成形する打錠工程では、打錠用のダイ(臼)に顆粒(かりゅう)が供給される際に生じる各成分のバラツキをシミュレーションモデルで再現できる。打錠用の杵(きね)で加圧するときに発生する、粒にかかる力や密度分布もシミュレーションでき、これを活用することで、圧縮成型で錠剤が破損しない条件の決定が可能になる。
錠剤の表面に皮膜を形成するコーティング工程では、コーティング装置のパン内におけるコーティング量のバラツキをシミュレーションモデルで再現する。
EDEMは粒子同士の凝縮、粉砕、粘着のシミュレーションに対応する他、水分で湿っていくプロセスや粒子の凝集による成長などを表現するシミュレーションモデルも実装されており、各工程におけるさまざまな状態の粉体を可視化する。
粉体工学の研究スピードが10倍に
「製薬の各工程に必要なプロセスと粒子の設計でEDEMが大きな効果を生んでいます」と語るのは大阪公立大学 工学部長/工学研究科長の綿野哲教授だ。
綿野教授の研究室では、EDEMなどを用いたシミュレーションと実験の両面で粉体工学の研究に取り組んでおり、医薬品や化粧品などさまざまな粉体を対象としている。
製薬分野ではラボ向けの粉体混合機などのスケールアップや生産プロセスの検討、粒子の設計などでEDEMを活用している。「これまで、ラボ向けの粉体混合機などをスケールアップするには何度も試作品を作って性能を確認しなければなりませんでした。EDEMを使用することによって、シミュレーションで試作品を作成して性能を確かめられるようになったので試作品の作成回数を減らせ、生産効率を高められました」(綿野教授)。
化粧品分野では、EDEMを用いてファンデーションの粒子設計を行っている。綿野教授の研究室が設計した板状の粒子は光を反射するため、ファンデーションに採用すると目の下のクマを目立たなくする効果がある。
EDEMを導入する以前は、綿野教授の研究室に所属する学生が自分でプログラミングしたDEM粉体シミュレーションを利用していた。「しかし、プログラミングが苦手な学生はDEM粉体シミュレーションの作成に半年を要し、計算結果のグラフィック化に2〜3カ月かかっていました。その結果、短期間しか粉体シミュレーションを活用できずに卒業するというケースもありました」(綿野教授)。そこで、綿野教授の研究室は2009年にEDEMを導入した。
綿野教授は「EDEMを使うことでリードタイムを短縮でき、誰でも粉体シミュレーションを活用した研究が可能になりました。研究内容もバリエーションが増えています。体感としては粉体工学の研究が以前の約10倍のスピードアップになっています。学生たちがEDEMを使いこなすスピードも速く、1カ月ほどでシミュレーションを扱えています。プログラミングが得意な一部の人しかできなかったことが、今は誰でもできるようになっている点はやはり大きいです」とその効果を述べる。
DEM粉体シミュレーションの基礎から応用まで学べる講座を開催
綿野教授が主体となって開催しているシミュレーション・エキスパート短期養成講座は2016年にスタートして2024年に第9期目を迎え、累計で200人以上が受講している。同講座では1カ月当たり2日間のペースで講義と実習を行い、前期6カ月、後期6カ月の合計12カ月をかけて受講者に多様なシミュレーションソフトの活用方法を教える。
同講座では前期(4月〜9月)ではシミュレーションの基礎を学び、後期(10月〜翌年の3月)では講習を通して受講者が各ソフトの応用として実務で実践したいシミュレーションや解析について学習できる。
綿野教授は「受講者が実務で利用したいシミュレーションは連成が必要になるケースが多いです。連成が必要なシミュレーションについて一例を挙げると流動層造粒があります。この造粒と流動層のシミュレーションでは、粉体シミュレーションとCFDシミュレーションを利用して粉体と流体の連成解析を行う必要があります」と説明する。
綿野教授がこの講座を立ち上げたのは、学会などで「DEM粉体シミュレーションは素晴らしい。だが自分には到底無理だ」という嘆きを多く聞いたからだという。「解析は物理や数学のイメージがあるため苦手意識を持つ人が多いのです。初心者でも粉体や流体などをシミュレーションできるプラットフォームを作ろうと思い、この講座を立ち上げました。EDEMは物理や数学の知識がなくても使えます。ある程度の勉強は必要ですが、シミュレーションの概念を変えるくらい簡単な操作で使用できます」(綿野教授)。
サブスク型のライセンスシステムで連成しやすい環境を構築
アルテアエンジニアリングは同講座を支援するだけでなく、参加が難しい受講者に課題をヒアリングしてEDEMのトレーニング教材を提供したり、Webミーティングや動画を用いたオンライントレーニングを行ったりしている。
同社 営業本部 アカウントマネージャの松井隆明氏は「当社はEDEMの利用に役立つサブスクリプション型のライセンスシステム『Altair Units』を用意しています」と強調する。
Altair Unitsを利用するには、まず専用のWebサイトでポイント「ユニット」を購入する。購入したユニットは専用Webサイトのプールというスペースに保管され、購入したユニットをプールから取り出し利用することで、多様なシミュレーションソフトが使える。シミュレーションソフトの利用を終了すると使用したユニットはプールに保管される。
ユニットのカウント方法にはレベルド方式が採用されており、1つのPCで起動したソフトの中で最も多くのユニットを利用しているソフトだけがカウントされる。EDEMを利用するために60ユニット購入した場合、同じPCであれば60ユニット以下のシミュレーションソフトを複数起動し利用できる。
シミュレーションソフトの計算時間に関して、松井氏は「これまでのDEM粉体シミュレーションソフトはCPUで計算処理をしており、解析に多くの時間がかかっていました。しかし、EDEMはGPUを利用した並列計算処理が可能です。そのため、場合によっては億を超える粒子数でも高速に計算できます」と解説する。
粉体の挙動を解析する時間をさらに短縮するためのAI技術を開発中
綿野教授は「かつては、自分たちでプログラミングしてDEM粉体シミュレーションを作成していました。その労力を考えればEDEMは非常にコストメリットがあると思います。その価値を多くの人に知ってほしいと思います」と話す。
製造現場のデータを自動で収集し、最適な運転条件などを算出して実際の生産プロセスにフィードバックするソフトをアルテアエンジニアリングが開発することにも期待を寄せている。「コロナ禍の影響もあり、現実の製造とシミュレーションがようやく同じ土俵で議論できるようになってきたと感じます。AI(人工知能)も活用してより効率の良い製造が可能になることを期待しています」(綿野教授)。
松井氏は「当社は粉体の挙動などの解析時間をさらに短縮するため、AIを活用した技術の開発にも取り組んでいます。生産プロセスで利用する装置のスケールアップなどを効率化するためにEDEMをはじめとするシミュレーションソフトを製薬業界の方に利用してもらい、当社はそれを支援する形で社会に貢献したいと考えています。EDEMに興味を持った方はどんな内容でも構いませんので当社にご相談ください」とアピールする。
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提供:アルテアエンジニアリング株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2024年6月30日