基礎から分かる「医療AI」、活用のポイントは:医療AI
医療分野でAI活用を進める「医療AI」への期待が集まっている。医用画像から熟練者でも見落とすような病変をAIが見つけ出したなどの報道に注目が集まりがちだが、実際には医療AIの活用範囲は幅広い。「医療AIとディープラーニングシリーズ Pythonによる医用画像処理入門」を上梓した北海道情報大学の上杉正人氏と原田学園の平原大助氏に、医療AIの活用ポイントについて聞いた。
2010年代中盤から始まった「第3次AI(人工知能)ブーム」。その中で、AIの産業活用が最も期待されている分野の1つが「医療」だ。例えば、CT/MRIなど画像診断装置(モダリティ)の医用画像に対して、経験豊富な医療従事者でも見落としてしまいがちな病変を発見するなどの研究成果が出ている。また、最新の医療機器にも医療AIが採用されつつある。
こうした医療AIの研究開発はどのように進み、医療現場や研究者にどのような変化をもたらしているのか。「医療AIとディープラーニングシリーズ Pythonによる医用画像処理入門」(オーム社)を上梓した、北海道情報大学 医療情報学部 医療情報学科 教授の上杉正人氏と、原田学園 経営企画室 人工知能教育・研究開発チームの平原大助氏に話を聞いた。
医療現場での活躍が期待されている“医療AI”
医療AI(人工知能)が活用される医療領域としては、先に挙げた医用画像の診断補助をイメージすることが多いだろう。これに対して平原氏は「診療録、看護記録、リハ記録の要約や解析、AIによる問診、症状や病気に応じた検査や処方薬の推奨、心電図やパルスオキシメータ信号解析による急変予測など、医療全般が広く対象になると思います」と説明する。
また、最近では新型コロナウイルス感染症などへの対策として、監視カメラ映像とサーモグラフィー映像を解析して外来患者の熱発者を検出し、感染経路を遮断することにもAIが活用されているという。
さらに平原氏は、医療・ヘルスケア全体のトレンドとしては「予防医学」を挙げる。将来的な病気発生の予測や早期発見などで、医療・ヘルスケアの質を底上げするような研究が国内外で進められているという。「これまで蓄積されたデータを活用し、アルツハイマー型認知症の予測や、マンモグラフィの検査結果に基づく乳がん発生確率の予測などで早期治療を促すことにも役立てられています」(同氏)。
もう一人の自分と対話する、診断補助AIのメリット
日本は、CT/MRIなどのモダリティの人口当たりの導入数は世界1位で、PACS(医用画像管理システム)の導入率もほぼ100%といわれている。上杉氏は「各医療機関が得意とする治療分野の画像と診断情報はPACSに保存されており、それを利用して研究に取り組むアプローチもあると考えています」と語る。
さらに、医用画像の診断補助に関する現場のニーズとしては「自分のこれまでの知識をAIにも学習させて診断を補完できるような使い方」(上杉氏)が考えられるという。特に判断に迷う希少症例の検出などでは、ある一定の精度を持った“自分と対話できるAI”が求められているのだ。
もう1つの応用例として「業務フローの改善」を挙げる。近年、モダリティの進化に伴って医用画像データは質が向上し、量も増加しており、読影医に対する診断への負荷や治療方針に与える影響も増加している。その負荷を軽減する形で医用画像のトリアージにAIを活用することで、診断精度・速度の向上や治療での最適なアプローチなどにも役立てられるという。
医療AI活用のために医療従事者・研究者に求められること
大きな可能性を秘めているAIを各産業分野で十分に活用するためには、その産業分野に関する専門的な知識(ドメイン知識)を持つ現場の技術者が、AI活用のための知識や技術を一定レベルで身に付ける必要があるといわれている。医療分野の場合、この技術者は研究者や医療従事者に当たるが、AIを活用するためには何が必要なのだろうか。
平原氏は「もちろん現場のドメイン知識だけでなく、AIを活用する側にも知識や技術が必要です。何も知らなくて使えるシステムは存在しないのに、AIについては“人工知能”というイメージのせいもあってか全て自動でやってくれるという期待を持つ方が多いのが実情です」と指摘する。
上杉氏は「どのようなシステムにも、値が高めや低めに出たりするなど必ず癖があります。また、対象データに対して得手・不得手などの特性もあります。AIも同じであり、こうした癖や特性を理解した上で利用することがとても大事です」と説明する。
そのためには「既に診断されているデータをシステムに与えて正しく出力できるか」「その誤差はどの程度なのか」を知ることが肝要だという。「特にAIは導入後に、その医療施設で得たデータで再学習しながら変化していきます。ある種の疑いを持ちつつAIを使うべきでしょう。そのためには臨床経験に基づいた医師の判断は重要です」(同氏)。
医療AIを支える最新のシステム環境とは?
医療AIを上手に活用するためには、その処理を担うハードウェア/ソフトウェアといったシステム環境も重要となる。医療現場では、医療画像をはじめとする電子データを扱うためのワークステーションが既に導入されているが、多くの処理負荷が掛かるAI処理に求められるシステム要件とは一体どんなものだろうか。
両氏が必須だと口をそろえたのは「GPUコンピューティング」である。GPU(Graphics Processing Unit)は、描画・画像処理をより効率的に処理する構造から発展して、汎用計算も処理できるようになっている。CPU(Central Processing Unit)と比較して単純な演算回路を高密度に集積することにより、演算を大量に実行することが得意である。そして、一般にGPUコンピューティングとは、画像処理を高速に実行するGPUの機能を、画像処理以外の用途に転用することを指す。
平原氏は「既存の医療機関に導入されているワークステーションは画像処理に特化したものが多いです。そのため、リアルタイムに診療と連携させる場合には専用の機械学習・ディープラーニング用コンピュータが求められます。AIが普及していけば、GPUコンピューティングは全ての医療機関に導入されると考えています」と語る。
また、上杉氏は「今後AIが医療に普及していく中で、画像や診療記録などさまざまなデータを再学習しながらシステムが進化していくことが予想されます。医療機関ごとにAIモデルを再学習させる必要がある場合には、GPUコンピューティングは必要不可欠です」と説明する。
医療分野におけるGPU活用でひときわ存在感を放っているのが、NVIDIAだ。同社が提供する各種ソリューションは、医療業界の課題の解決を後押ししている。
まず、医療AIの原動力となる専用の機械学習・ディープラーニング用コンピュータとしては高い演算性能を持つ「DGXシリーズ」が挙げられる。また、既存のワークステーションを機能拡張するのであれば「Tesla V100」などのGPUが最適だろう。
医用画像機器にAI機能を組み込む場合であれば専用に開発された「NVIDIA Clara Platform」を活用できる。そして、医療全般にわたるAI活用では組み込み機器向けAIボード「Jetsonシリーズ」なども利用可能だ。
さらに、仮想GPU技術「NVIDIA vGPU」を使うことで、従来は「仮想デスクトップ(VDI)」化が困難であった院内の専用PCやワークステーションを仮想化することで、ネットワークがつながればいつでもどんな場所からでも、セキュアにリモートで診療および研究が可能だ。電子カルテやPACS、RIS(放射線科情報システム)などのシステムのリソース集約や一箇所にデータを集めてデータ保全とデータ活用を加速、ファイルアクセスの高速化、集中管理、セキュリティ強化などに加えて、その豊富なGPUリソースをAI活用に展開できる。
「医療クラウド」の導入メリットと普及への課題
現在、各医療機関を連携する情報共有やビッグデータ解析を可能とする「クラウド」の活用も話題となっている。医療機関が持つデータは患者の個人情報でもあるため、取り扱いが難しいとも指摘される。そうした状況の中、医療AIの研究開発ではどのように対応すべきだろうか。
平原氏は「東日本大震災の教訓として、医療データを外部保管する場所としてのクラウド利活用が進んでいます。しかし、その多くがバックアップ目的となっており、データとして活用されていないのが現状です」と語る。その上で「21世紀の資源は“ビッグデータ”だとも言われています。既に北米などでは、医療データの売買が一般的です。日本の高品質な医療データは高い価値で輸出することも可能になるよう法制度を整備してほしいと思います」という見解を示す。
また、上杉氏は「医療クラウドを実現するためには、誰がどの情報に対して、どのような目的で利用するのかについて、高いセキュリティの中で利用状態を追跡できる基盤が必要になると考えています」と説明する。同氏によると、各医療機関で作成したAIの学習モデルをクラウドで公開し、承認された医師のみが利用するというモデルも考えられるという。「AIの学習モデルには医師の暗黙知が含まれているので、その情報は個人情報と同じように保護、取り扱われるべきです」(上杉氏)。
これらの秘匿性の高い情報を複数の医療機関で活用できるAIアルゴリズムの仕組みとして、NVIDIAが提供しているのが「NVIDIA Clara Federated Learning(フェデレーテッドラーニング)」である。これは、個人情報である患者データを共有することなく、複数の医療機関をまたがって分散トレーニングを行い、堅牢なAIモデルを構築するというものだ。
「AIが仕事を奪う」は誤解、医療AIと上手に付き合うためのヒント
一般にAI活用のデメリットとして語られることが多いのが「AIによって人間の仕事が奪われる」という悲観論だ。平原氏は「医療分野は複雑な専門知識が必要な領域なので、自動化が進んだとしても医療専門職の仕事はなくならないと思います」と断言する。例えば、CTやMRIといった新たなシステムの導入が進んだ一方で、放射線技師などのやるべき業務が減ることはなく逆に増大している。「医療を提供する専門職がAIを詳しく知って上手に活用すれば、高品質の医療データが発生します。これを企業などへ販売して利用料を取ることで、さらに品質の高い医療を提供できる好循環にもつながると思います」(同氏)という。
上杉氏も「医療は不確実なものです。同じ薬を投与しても人によって効き方が異なるように、同じ検査をしても結果が異なるケースもあります。どこまで許容できるのかを見極めながらAIを使っていく必要があると思います。AIで導き出した推論などをしっかりと評価して、正しい診断につなげることが重要です。AIを怖がるのではなく、AIを正しく理解して十分に精度管理を行うことが、これからの医療現場に求められます」と訴える。
患者にしっかりと寄り添うケアが可能になる
医療AIは、監視カメラによる入院患者の離床や転倒検出するといった「スマートホスピタル」の実現や在宅患者の見守りシステムなどへの応用も期待されている。平原氏は「これまで人間がやっていた業務をAIが代わりに担当することで、その分のリソースを患者にしっかり寄り添うケアを提供するのに充てられます」と述べる。また、手術支援ロボットのように人間では不可能な細かい動きを支援する装置やアプリケーションによって、治療成績の向上や後遺症発生確率の低減などの可能性もある。「日本が持つ豊富な医療資源(データ)を有効に活用することで、21世紀の石油である医療ビッグデータで世界のヘルスケアへ貢献することができると考えています」(同氏)。
今後の日本においては、医師や看護師をはじめとする医療従事者の人材不足が続くと予想される。上杉氏は「画像診断やその優先順位の決定などを支援することで、業務全体の最適化を図るAIを活用するメリットは大きいと思います。また、予防的な観点からAIを使った健康管理で患者の生活改善を促したり、診断から治療までの期間を最適化したりすることで医療費の抑制効果も期待できるのではないでしょうか」と述べている。
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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2020年6月20日