自動車部品メーカーが販売する外観検査AIシステム、その開発基盤とは:エッジAI
AIの活用が進みつつある製造業から注目を集めているのがエッジAIプラットフォーム「NVIDIA Jetsonシリーズ」だ。菱洋エレクトロは、開発元のNVIDIAと協力してさまざまな顧客企業のエッジAIシステムの開発を強力に支援。既に、武蔵精密工業の外観検査AIシステム「Neural Cube」や、日本ユニシスの小売店舗向けAI業務代行ロボット「RASFOR」といった実績も積み上げている。
AIへの“過度な期待”から、現実を見据えた活用へ
製造業でもAI(人工知能)の活用に対する関心は日増しに高まっているが、その実用化に向けてはまだ道半ばにあると言わざるを得ない。これまで足踏みしていた一因となっていたのはAIに対する“過度な期待”だ。
現在の第3次AIブームが始まりを告げる象徴的な事例として、囲碁の世界チャンピオンへのAIの勝利が挙げられる。AIというものが、人を超える、人を代替するというイメージは根強いものがある。このことについて、菱洋エレクトロ ソリューション事業本部 ソリューション第五ビジネスユニット 次長の中村武士氏は「近年のAI技術の進化をけん引してきた機械学習やディープラーニング(深層学習)は素晴らしいものですが、本質的に持つ“不確かさ”があまり認知されておらず、当初はAIを使えば何でもできるという雰囲気がありました」と明かす。
例えば、組立系製造業の生産ラインにおいて、AI導入が渇望されている業務の1つに外観検査がある。当初そこで期待されたのは、良品(OK)と不良品(NG)を完璧に見分けるAIだった。そして、それが「無理」と分かれば、今度は「100%の精度が保証されないなら、生産ラインでは使えない」という逆向きのバイアスが掛かってしまうのだ。
だが、こうした混乱もかなり落ち着いてきたようだ。PoC(概念実証)や要素開発を重ねる中で、ようやくAIの本質が認知されるようになってきた。「そもそも人間の検査員でも100%の精度でOK/NGを見分けることはできないのに、それをAIに期待するのはナンセンスではないか」「外観検査をいきなり自動化・無人化はできないまでも、検査員の人数を3分の1減らせるだけでも意義がある」「長時間作業を続けても疲れず、集中力も切らさないAIはポカヨケに役立つ」など、「製造現場などでも現実を直視したAI活用へのニーズが高まってきました」(中村氏)という。
AIを適用しやすいターゲットもだんだんと絞られてきている。
例えば塗装の「色ムラ」判定など、どこまでがOKで、どこからがNGになるのか、明確なしきい値で表すことができない官能検査は人間でも熟練を要し、個人差も生じる。このような微妙な判別をAIに行わせるとなれば、一定以上の精度を達成するまでに相当な作り込みやチューニングが必要になることが予想できる。
これに対して、「ボックス内のパーツが欠品している」「コネクターが外れている」といった判定は、比較的容易に行うことが可能だ。中村氏は「まずはこうした取り組みやすい部分からAI実装を開始し、人手不足対策や生産性向上などの成果を短期間で上げていくことが、多くの製造業のアプローチとなっています」と語る。
組み込みシステムに適したエッジAIプラットフォーム
加えて、生産ラインや産業機器へのAI実装を加速させる追い風となっているのが、ソフトウェアとハードウェアの両面からの技術革新である。
まずはソフトウェアの観点だが、これまでAIを活用するにはデータサイエンスの高度な専門知識とITスキルを要するのが実情だった。
例えば外観検査にAIを適用する場合、製造現場で撮影した画像データを基に良品と不良品を判別することになるが、その学習プロセスでは機械学習や深層学習の最適なアルゴリズムを選定するとともに、教師データとなる画像1枚ごとに、どの部分がどの種の不良なのかといった注釈(タグ)を付与する「アノテーション」と呼ばれる作業が必要となる。さらに、この学習結果に基づいて実際に判定を行う際にも、プログラミング言語を駆使して推論モデルを作り上げなければならなかった。
こうしたソフトウェアにまつわるハードルが、ここにきて大きく下がってきたのである。さまざまな学習フレームワークやSDK(開発キット)が充実してきたことにより、「AIの理論的な部分を熟知していない製造現場の技術者でも、画像データを学習させたり推論モデルを作成したりすることが容易になってきました」と中村氏は強調する。
一方、ハードウェアにはどんな課題解決や技術革新があったのだろうか。
生産ラインや産業機器にAIを実装する上で、製造現場で撮影した大量の画像データをその都度クラウド上にアップロードすることは、回線コストや通信の遅延、セキュリティリスクなどの問題から得策とはいえない。主な処理は、現場であるエッジ側で実行することが望ましい。
とはいえ、従来の組み込み機器向けボードコンピュータの処理能力では、AIの学習や推論処理に対する力不足は否めない。そこで、実用レベルのAI活用にはAIを効率的に扱えるGPUの処理能力が不可欠となるのだが、当然これにも問題がある。GPUボードを搭載したサーバは広いスペースを占有し、大量の電力を消費するなど製造現場に導入するのに適しているとはいえなかったからだ。
この課題を解決したのが、第3次AIブームの立役者でもあるNVIDIAが提供する「NVIDIA Jetsonシリーズ(以下、Jetson)」だ。CPU、GPU、フラッシュストレージをSOM(System-on-Module)上に備えるとともに、OSとなるLinux、GPUコンピューティングを扱うための「CUDA」、SDKなどのソフトウェアをフルスタックでサポートする、組み込みシステムに最適化されたエッジAIプラットフォームとなっている。
現在、Jetsonには、安価に入手可能な「Jetson Nano」から、ミドルレンジの「Jetson TX2」、ハイエンドの「Jetson Xavier NX」、「Jetson AGX Xavier」まで幅広いラインアップが用意されている。これらは全て同じアーキテクチャとSDKを共有しているので、1つのコードで推論モデルをシームレスに展開することが可能だ。
菱洋エレクトロ ソリューション事業本部 ソリューション第五ビジネスユニット 営業第一グループの平野皓大氏は「外観検査をはじめとする画像認識系のAIを学習させる上で、独壇場ともいえるほど多くのソフトウェアエンジニアに愛用されてきたのがNVIDIAのGPUなのです。そうした中で拡充されてきたオープンソースのAPIやライブラリ、画像データなどのエコシステムを、そのまま流用してエッジAIシステムを構築できます」とJetsonを活用するメリットを訴える。
NVIDIAビジネスで発揮する3つの強み
NVIDIA製品の国内展開における強力なパートナーを務めてきたのが菱洋エレクトロだ。両社の協業の歴史は15年に及ぶ。菱洋エレクトロ ソリューション事業本部 ソリューション第五ビジネスユニット ビジネスユニット長の原田慎也氏は、「2005年のモバイル機器向け『NVIDIA Tegra』の取り扱いからスタートし、2012年からは『Quadro』『NVS』『Tesla』などプロフェッショナル製品に手を広げ、3D CADやCG向けワークステーション向けの他、医療機器系を中心とした検査関連でも多くの導入実績を重ねてきました。そして2014年頃から本格的にGPUコンピューティングの活用への取り組みを開始し、『DGXシリーズ』や『GRID』、JetsonとAI(学習)エッジ、クラウドと製品カテゴリーを増やし現在に至ります」と説明する。
これらの歩みを通じて菱洋エレクトロはNVIDIAとの太いパイプを築きつつ、AIシステム開発のノウハウを培ってきた。その具体的な強みとしては、次の3点が挙げられる。
1つ目はサポート体制だ。菱洋エレクトロは総勢21人のNVIDIA製品専任担当者を擁しており、キャリアボードの設計支援、組み込み用途向け出荷前検査対応(負荷試験、ファームウェアの更新、外観検査)、不具合対応(解析作業)などの技術支援に当たっている。NVIDIA製品を扱う国内代理店は多数あるが、これほど手厚い専任体制を展開しているのは菱洋エレクトロの他にはない。また特筆すべきは、AI関連ソフトウェアの基盤となっているCUDA関連のサービスだろう。「CUDAを専任で扱うエンジニアが多数在籍しており、パフォーマンス検証やチューニングなどの支援を通じて、顧客のAI活用の出発点となる要素開発から携わり、プロジェクトを一貫してサポートします」(平野氏)。
2つ目は、クラウドとエッジAIを連携させたソリューション提供だ。菱洋エレクトロはパートナーシップを結ぶマイクロソフトのクラウド基盤「Azure」をベースに、IoT(モノのインターネット)デバイスとAzure間の双方向通信を可能にするマネージドサービス「Azure IoT Hub」、ワークロードをクラウドからエッジデバイスに移動する「Azure IoT Edge」などのPaaSを活用。Jetsonと連携させることで、顧客の個別ニーズにあわせたAIシステムを実現する。
そして3つ目は、優れた技術をもつ受託開発パートナーとのネットワークである。例えばGPUを用いた画像処理に強い、ディープラーニングで豊富な導入実績を有するなど各パートナーの強みを顧客に紹介し、Jetsonのハードウェア周辺環境構築をコーディネートすることで、実用レベルのエッジAIの高度な付加価値を提供していくという。
AI外観検査や自律移動型AIロボットの開発に貢献
実際に、菱洋エレクトロはJetsonをベースにどんなAIシステムの構築を支援しているだろうか。代表的な事例を2つ紹介しよう。
生産ライン向けで注目すべきは、四輪車用および二輪車用のパワートレインを主力製品とする自動車部品メーカーの武蔵精密工業のAI外観検査機「Neural Cube」だろう。ロボットアームが把持した部品をカメラで撮影し、画像判定を行う推論モデルをJetson TX2上で実行することで検査を行うシステムである。
Neural Cubeを使えば、金属部品からわずか数秒で1mm以下の微小キズを99.9%の精度で検出できる。例えば、鍛造部品の場合は、1個当たりの検査時間が5秒、検出可能サイズが0.3mm、2種類のキズ分類が可能。切削部品であれば、1個当たりの検査時間が20秒、検出可能サイズが0.13mmを実現できている。また、「Pythonのみでプログラム可能」「使う場所を選ばないコンパクトで耐久性に優れた設計」「使いやすさを追求したインタフェースポート」などを特長とする。平野氏は「PoCから簡易装置を用いた検証、量産設備への実装まで、製造現場におけるAI外観検査機の導入に掛かる手間を大幅に軽減します」と強調する。
なお、武蔵精密工業は2019年7月に子会社のMusashi AIを設立し、Neural Cubeの本格的な拡販をスタートさせている。菱洋エレクトロもこの拡販を強力に支援していく構えだ。
また、リテール(小売店舗)向けでは、日本ユニシスとユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスが共同で研究開発した自律移動型のAI業務代行ロボット「RASFOR」にJetson AGX Xavierが採用されている。閉店後のスーパーマーケットの店内を陳列棚の画像を撮影しながら自動走行し、特売値札などの店頭販促棚札(POP)の期限チェックなどの機能を備える。これまで常設運用してきたが、間もなくスーパーマーケットやドラッグストア向けにサービス提供を始める予定だ。
RASFORの開発当初は、まずPOP期限チェックに対応し、現在は値札の表示売価チェックや商品棚内の品切れチェックなどさまざまな機能が追加されていった。「これらの機能追加は、エッジAI SOMであるJetson AGX Xavierを活用することで実現できました。そのために当社も強力にサポートしました」(平野氏)という。
FAとリテール、医療の3分野に注力
FAやリテールに加えて、菱洋エレクトロが戦略市場の1つに据えるのが医療機器だ。主に、中小型の医療検査装置を開発するメーカーからエッジAIに関する数多くの引き合いが寄せられている。菱洋エレクトロ ソリューション事業本部 ソリューション第五ビジネスユニット 営業第二グループ グループリーダーの井阪大氏は、「AIの使われ方としては、診断支援の他にも、超高解像度の画像処理などのニーズも高まっています。医療画像からノイズを除去し、例えば医師が必要とする診断箇所だけを高精度に映し出すといった用途に応えるものです」と説明する。
このように、菱洋エレクトロは、FA、医療、リテールの3分野でNVIDIA製品を用いたエッジAIの提案に注力している。同社 ソリューション事業本部 副事業本部長の青木良行氏は「当社は、産業機器をはじめとする組み込み分野において、画像処理などの用途でGPUコンピューティングの認知拡大を進めるとともに、さまざまなニーズに応えてきました。近年は画像処理に加えてエッジAIにも注目が集まりGPUコンピューティングの活用範囲は拡大しています。今後も、コンパクトかつ低消費電力でありながら、GPUならではの卓越した処理性能を発揮できるJetsonのメリットを訴求していきたいですね」と述べている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:エヌビディア合同会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2020年6月30日