3次元CADが人工心臓の実現に貢献、人間の臓器を“設計する”のに何が必要か:人工臓器研究における3次元 CAD 活用
人工臓器はその臓器の機能や構造、生体としての仕組みを完璧に理解しなければ実現できない――。内臓の機能不全で苦しむ患者を救うために「人工心臓」によって未踏の研究にチャレンジを重ねる研究者がいる。3次元 CAD で心臓を設計し、人工心臓による動物の最長生存期間を目指す東京大学 大学院の圦本晃海(ゆりもと てるみ)氏に話を聞いた。
心臓を作るということ
心臓は、血液を循環させるための臓器で、全身を巡ってきた静脈血を上下の大静脈から受け取り、それを肺動脈によって送り出し、再び肺静脈を通じて血液を受け取り、大動脈で全身に送り出す、という機能を持つ。
複雑なように見えるが、実は人間の臓器の内で最も簡単なものは心臓なのだという。それは、「血液を循環させるポンプ」という明確な役割を担っているからだ。そのため人工臓器の中でも心臓の研究は早くに始まっている。
人工心臓には大きく分けて、「全置換型」と「補助型」の2つが存在する。全置換型とは、患者の心臓を取り除き、その場所に埋め込んで心臓の働きを代行するものだ。一方の補助型とは、患者の心臓はそのままに、心臓のそばに設置しその働きを代行するものになる。またこれらの全置換型と補助型のそれぞれにおいても、全てを体内に収納する「体内型」と一部を体外に設置する「体外型」の2種類に分けられ、さまざまな形態が存在している。
東京大学では、1959年に人工心臓の研究を開始した。東京大学 大学院医学系研究科 医用生体工学講座 生体機能制御学分野 阿部研究室では、この体内に完全な人工心臓を収める、「全置換体内型」の人工心臓の実現を目指している。同研究室に圦本晃海(ゆりもと てるみ)氏が参加するようになったのは2013年からだ。圦本氏はもともと獣医学部獣医学科で学んでおり、しかし、大学でさまざまなことを学ぶ中で、生理学の面白さに魅力を感じ、人工臓器を扱うこの研究室への編入を決めたという。
「人工臓器はその臓器の機能や構造、生体としての仕組みを完璧に理解しなければ実現できない。生物を対象とした研究の成果を完全に自分のモノとし、それを自分の手で作り上げるということに魅力を感じた。また、人工心臓は生体研究と工学技術の両面が必要で、それらの最先端の科学に触れられることも興味を持った理由だ」と圦本氏は人工心臓の研究の動機を語る。
また、さらに根本的な動機として「子どもを取り巻く環境の問題」を挙げる。「人工臓器は基本的に成人向けのもので、子どもに向けたモノは現状ではほとんどなく、体制も整っていない。心臓疾患のある子どもが移植を受けるまでに“待機”する際に病気が重くなった場合、成人であれば人工心臓で命をつなぐことができるが、子どもの場合は難しい場合が多かった。そういう子どもを救いたいという思いがある」と圦本氏は語っている。
人工心臓をどう進化させるか
では、実際の人工心臓の研究ではどのようなことが求められているのだろうか。
人工心臓をモノづくりの面から考えた場合、大きなテーマとなっているのが「小型化」と「自由な行動の実現」だ。これらは相互に関連した問題だ。人工心臓は現在、駆動させるのに外部の電源が必要となる。そのため全置換型であっても皮膚に穴をあけ、ケーブルを通して電源供給を続けなければならない。移動に不便もある他、感染症の問題から入浴なども行えない。この課題を解決するには、人工心臓そのものがさらなる小型化と高度化を実現する一方で、バッテリー技術や無線給電技術などの進化も必要になる。
人工心臓の研究当初は実際に空気圧によるポンプ構造を利用していたという。しかし、この構造は形状が大きくなり過ぎ、全置換型としては体への負担が非常に大きなものだった。そのため、現在では、回転する羽根によって血液を送り出す、遠心ポンプなどの羽根車式が採用されるようになり、大幅な小型化を実現できるようになったという。これには圦本氏の獣医としての経験も生きているという。「例えば、ニワトリは飛ぶ目的のために横隔膜がなかったり、牛はセルロースを分解するために反芻(はんすう)の機構を持つなど、それぞれが求める機能に対し、体の組織を変化させている。人工心臓の研究は人体の心臓の機能を果たすために、最適な形状や材質などを再構築していくことでもあるので、考え方として非常に役立つ」と圦本氏はいう。
小型化・高精度化の実現に貢献する3次元 CAD
さらにこの「小型で高性能」を実現するために貢献しているのが3次元CADだ。圦本氏は研究を始めた当時から、3次元 CAD の「PTC® Creo® 」を使って3次元モデルを作成している。使い方は今までよく使用していた講師から教えてもらい、1カ月ほどで使いこなせるようになった。また研究室の他のメンバーも難なく使いこなしているという。
現在の設計体制は、電気やセンサーなど各部品をそれぞれ担当の研究者が設計し、それらを圦本氏が統合する形で全体図を取りまとめている。さらに、 CFD (数値流体力学)解析にかけて細部を修正したのちに、実際の人工心臓の製作に入る流れだという。
圦本氏は「3次元 CAD は2次元図面と違い、形をより把握できるところが魅力だ。らせん状であれば断面図だと一巻きしか見られなかったり、テーパなども分かりづらかったりする。3次元 CAD ではこれらが正確に把握できるため、助かっている」と3次元 CAD の利点について語る。また PTC Creo の解析機能( PTC Creo Simulate )はもちろん、他の解析ソフトとの連動性もポイントだという。
人工心臓の材料には、現在は生体適合性の良いエポキシ樹脂を主に使い、精度の必要な箇所は、セラミックやチタンを使用している。将来的には「生体適合性の良いチタンで製作できる部分を増やしたい」(圦本氏)としている。部品の調達や製作については、関係業者に外注するケースや、研究室内で製作するケースなどがあるという。
「ヤギを1年間生かしたい」
こうして製作した人工心臓を、圦本氏の研究室では、人体の重量に近いヤギに対して装着し動物実験を進めている。同研究室では完全置換型でヤギを150日間生存させることに成功しているが、これは動物に対しては世界最長の記録だという。また、最近の実験でも100日間の生存が確認されており、研究の成果を積み上げている。
圦本氏は「実はモノとして人工心臓は現在ではかなりの高精度で行えるようになっており、シミュレーションで得た結果通りのパフォーマンスを機器が発揮できるようになっている」と語る。
では、課題となっているのは何か。それは「生体とモノの間」の問題だ。
直近の実験で亡くなったヤギを解剖した際に死因として判明した点がいくつかあった。1つは、ポンプのベアリング部分に採用した非接触型の動圧軸受が接触し、溶血が発生していたという点だ。もう1つが、ベアリング部分の溝で発生した血栓が腎臓にかなり詰まっていたという点だ。さらにチタンの摩耗片などが発生していたことなども分かった。これらが複合してヤギの生体環境を脅かし、死因となっていたという。
「思い通りのモノが作れたとしても生体そのものにどういう影響を与えるかということは、解明されていない点が多く、シミュレーションも難しい。一歩一歩地道に研究を進めていくしかない」と圦本氏は述べる。人工心臓は2〜3年に一度フルモデルチェンジを行うが、現在開発中の新たな人工心臓のモデルでは、これらの課題の解決を目指して改良を進めているという。動圧軸受については太くして回転数も上げることで接触しづらくなる方向で改良した他、ベアリングの溝の形状なども大幅に変更した。また、モデルチェンジを行う際には、以前のモデルデータを利用して PTC Creo でデータを再利用し再設計の効率化を進めているという。
子どもでも使える人工臓器を作りたい
圦本氏が人工心臓において中長期的に目指す目標は「人工臓器の患者が自由に動けるようにする」ということだ。そのためには、無線での電源供給やバッテリーの内蔵など、さまざまな研究が必要になる。またその一環として小型化を実現すれば、人工心臓の研究に飛び込んだ当初の目的である「内臓疾患に苦しむ子どもを救う」ことの実現も近くなる。「心臓の先天性奇形などで苦しむ子どもたちは非常に多くいる。子どもが使える人工心臓を実現すれば多くの子どもたちを救うことができる。子ども用の人工心臓は、サイズは小さくしなければならないが、実は成人向けと変わらない性能が必要で、技術的なハードルは高い。しかし、早期にこれらをクリアし、子どもでも使える人工心臓を実現させたい」と圦本氏は述べる。
しかし、これらの目標を実現するのに、当面の目標としては「まずは年単位で動物を生かす」ことを掲げている。3次元 CAD からシミュレーション、モノづくりへという流れはかなりの精度で実現できるようになってきた。しかし、実は難しいのが血液の存在なのだという。「血液は数億個の粒体が含まれる、非常に特殊な液体だ。液体としての流体と、これらの粒体1つ1つの動きを解析するには、まだ現状の技術では難しい。これらが実現できるようになれば、また新たな道が開ける。そういう技術を期待したい」と圦本氏は語っている。
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