高効率世界一を目指せ!
〜会社を元気にする解析環境構築〜:酉島製作所の解析事例
老舗ポンプメーカーの酉島製作所は、高効率ポンプ世界一を目指す! それを強く支えるのが、ソフトウェアクレイドルの流体解析ソフトと富士通のPCクラスタだ。解析の計算速度がアップしたことで設計品質が高まるばかりではなく、技術者のモチベーション、想像力も大きくアップさせる。まずは自分たちから変わって、会社を元気にしよう。
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富士通と理化学研究所が開発したスーパーコンピュータ「京」(けい)が、演算処理性能をランク付けする「TOP500リスト」2011年6月版で世界一となった。2004年11月以来となる日本の快挙だ。
大阪府高槻市にある1919年創業の老舗ポンプメーカー 酉島製作所もまた、業界世界一の座を守るべく日夜努力し続けている。同社は、「ハイテクポンプ」「プロジェクト」「サービス」「新エネルギー・環境」の4事業で展開している。近年は「省エネ」「省資源」のキーワードがホットだという。例えば新興国の水不足に対応するために海水から真水を生成する海水淡水化プラントで使用する高圧ポンプの開発では、高効率が求められる。海水淡水化プラントのエネルギーコストの大半を占めるのが、高圧ポンプだからだ。
高効率ポンプにおける世界一を守るためには、解析ソフトウェアとPCクラスタのパワーが欠かせない。
今回は、酉島製作所の研究開発部全体を仕切る工学博士の前田英昭部長と、ポンプ性能を大きく左右する羽根車設計を担当する水力開発チームの面々が登場。常に世界一を目指す開発を支える解析環境について語った。
計算スピードが欲しい
高速・小型で、高効率。しかも、できるだけ短い開発期間で実現すること。――世界一の座を目指すには、常に厳しい条件が付きまとう。世界各国の手ごわい競合メーカーたちの勢いは、それだけ驚異的ということだ。
水力開発チームが、まず一番に望んだのは流体解析における「計算スピード」だった。そして、開発者たちが「考える時間」をできる限り増やすこと。開発者たちの本来の業務である評価分析にできるだけ時間を当てられるようにしたいと前田氏は考えた。
実験主体の検証がまだ主流だった2000年、同社はソフトウェアクレイドル社(以下、クレイドル)の流体解析ソフトウェア「SCRYU/Tetra」を導入。解析ソフトウェアは外資ベンダーが多く、そのGUIも英語である。一方、クレイドルは国産ベンダーであり、GUIも日本語。ソフトとしての使いやすさはさることながら、日本語であることは、私たち日本人にとってはやはり、ありがたいこと。酉島製作所がクレイドルを選択した理由の1つもそれだった。
導入当初は計算精度の問題などに悩まされながらも、約3年後には開発業務にすっかり定着していった。その後、水力開発チームに舞い込む仕事量が急増。解析ができるスタッフも増えたが、求められるスペックは、半端ではなく厳しいものだった。必然的に流体解析に携わる時間も急増していくことになる。
スタッフが増え、解析数も増加する中、ライセンスも増やし、メッシングなどプリ処理もなるべく自動化できるようにし、開発者の面々は試行錯誤して乗り切ってきた。小規模なPCクラスタも導入し、当時はそれなりの環境が整っていた。それでも、その後の要求仕様の高まりや開発期間の短縮ニーズなどから、流体解析の環境がどうもそれに追い付いていない感じがした。
市場からの強いプレッシャーに打ち勝ち、世界一のポンプを創るには、もっと計算スピードが欲しい。マシンパワーが欲しい……、そしてさらに高度な解析にもチャレンジしなければならない。そんなことを考えていた2010年10月、前田氏は、これまでの構成の4倍以上に相当する大規模PCクラスタの導入を決断する。クレイドルにソフトウェアのアップグレードはもちろん、ハードウェアの選定についても相談した。SCRYU/Tetraが安定して動作するハードウェアとして紹介された富士通の「PRIMERGY RX200」を複数台利用したPCクラスタは、これまでとは比べものにならないくらい本格的な物だったが、兼ねてから研究開発の風土を変革したいと考えていた前田氏は「いま必要なのは、これだ」と直感したという。
2010年10月の導入決定後、特に大きなトラブルも発生することなく順調に進み、2011年3月に無事運用開始。そして、今に至っている。導入に当たっては、ハードウェアを納入する富士通、ソフトウェアを納入するクレイドルはもちろん、さまざまなテストを実行するために、酉島製作所のメンバーも加わったという。実地でのテストによって、問題点を正確に把握し早期に対処できたとのこと。ハードウェアやソフトウェアは機能や性能、コストに目が行きがちだが、それぞれの部分で責任を持って対処してくれる「安心」も重要な要素だ。
開発者の考える時間を確保
「大規模PCクラスタの導入効果は?」という問いには、「企画から市場投入までの期間が何割削減」「解析に携わる時間が何時間削減された」、そういう答えが定番だ。しかし水力開発チームの面々は、その効果について「具体的な数字では言い表せない」と語る。
もちろん、計算スピードは目論見通り、向上している。その効果なら、数値化しようと思えば数値化できるだろう。しかしあくまで大事なのは、そのスピードでもって、何を達成するかだ。
「計算が速くなった」ということは、よりたくさんのケーススタディがこなせるということ。ケーススタディの数が増えれば増えるほど、ブレイクスルーできる可能性は高くなる。PCクラスタのパワーが生きる最大の利点は、まさに「思い切った設計ができること」にあるという。計算環境が良くなれば良くなるほど、さまざまなことにチャレンジしてみたい欲求が生まれてくる。それに仮想空間上なら、どんどん失敗もできる。常に斬新な物を生みださないといけないことは身に染みていても、やはり画期的な“道具”がなければ、保守的な設計をしたくなってしまうものだ。
それまで、やりたくてもできなかった解析も可能になった。ポンプを高速・小型化すればするほど、キャビテーション(速度の上昇に伴う圧力低下により揚液中に気泡が生じる:過大な振動、騒音および羽根車の損傷の原因となる)という現象が発生する。しかし、その解析は非常に複雑で、以前は時間がかかり過ぎ、実行ができなかったという。PCクラスタを導入することで十分な計算パワーがまかなえるようになり、このジレンマも無事解消された。よって、より精度の高い製品の設計が可能となった。
解析作業全体を考えたとき、計算時間と同時に、計算用のモデルを作成したりする前処理に手間と時間がかかることが一般的だ。酉島製作所では以前からCADや解析ソフトウェアを連携させ、自動化システムを構築している。
ただし、酉島製作所が考える自動化や最適化は、世間一般のオートメーションのイメージとは少し違う。自動化というのは、技術者から考える手段の一切を奪うことを目指すのではない。解析業務の全てを自動化はせず、人が考えるべきプロセスは自動化しない。人の手計算では到底及ばないパラメータスタディのようなパワー勝負の計算には自動化を。技術を腐らせないように、自動化された作業の中に、人の思考を上手に介在させる。ここにも開発者の考える時間を重視する酉島製作所の思想が生きている。
今回の大規模PCクラスタ導入で、潤沢な計算環境を手に入れた水力開発チームのメンバーは、やみくもに計算するのではなく、以前に増して開発計画について、より深く考えるようになったという。この目標に向かうために、PCクラスタのシステムを最大限に生かすにはどうしたらいいのかと。確かな成果が感じられているからこそ、より有効に活用しようという気持ちは大きくなっていくのだろう。
研究開発部の外まで元気に!
前田氏は営業や設計など他の課からの依頼をより積極的に受けやすくなったことも導入効果として挙げた。今や「何でも来い!」と堂々と言えるようになったと前田氏は言う。突発的なニーズなどに応えやすい環境が整ったと確かな実感があるとのこと。
やりたいこと、できることが増える分、ひょっとして、水力開発チームのメンバーたちはかえってしんどくなる場面もあるのかもしれない。しかし、自分たちから変わることで、会社全体も変わり、そして元気になっていくならば、きっと、この上ない喜びだろう。
創造できる開発者の育成と数値解析
最後に、前田氏に今後の課題を尋ねると、その1つに開発者の育成があると述べた。羽根車の開発や設計において、世界一を目指すためには、誰も経験したことがない、つまり誰も教えられないものにチャレンジしていく必要がある。その困難な状況を乗り切るための源泉、それは、経験に裏付けられた考える力だという。それは、人づてに教えてどうなるというものではないのだ。それでは、その考える力は何によって育てられるのだろうか。前田氏いわく、それは失敗だという。失敗したときに、その原因や解決方法をとことん考え抜くことである。
また、「最近の人たちは恵まれている」と前田氏は続ける。自分たちが10年かかって失敗を繰り返し経験してきたことを、数値解析を使えば1年で経験できる。つまり短期間で多くの経験を積むことができるのだ。事実社内には「失敗するな」というより、「失敗を恐れず、どんどんチャレンジしろ」という風潮が強いという。だからこそ、開発者はチャレンジし、新しいものを創出できる。
世界一を目指し、そして実現できる原動力がここにある。創造できる技術者のチームに、信頼性の高い富士通の大規模PCクラスタ、高速で精度の高いクレイドルの流体解析ソフトウェアなどの最新の道具が加わり、酉島製作所の研究開発はさらに加速しそうだ。
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