製造業でDXやAI(人工知能)の活用が進む中、モノづくりの現場や設備の自動化領域が拡大している。その中で、人の働き方や役割はどのように進化するのだろうか。デンソー 工機部 工機部長の伊東貴博氏とオートデスク 日本地域営業統括 技術営業本部 業務執行役員 本部長の加藤久喜氏が「人の能力を拡張するDX」をテーマに対談を行った。
モノづくり現場では、DX(デジタルトランスフォーメーション)なども含め、自動化領域の拡大が進んでいる。その中で、現場で「人」が果たす役割はどのように変化していくのだろうか――。
DXやAI(人工知能)は、モノづくり現場の無人化をもたらすのではなく「一人一人の能力を最大発揮するための手段だ」と訴えるのが、デンソー 工機部 工機部長の伊東貴博氏だ。同氏とオートデスク 日本地域営業統括 技術営業本部 業務執行役員 本部長の加藤久喜氏が「人の能力を拡張するDX」をテーマに対談を行った。
―― モノづくり現場が直面している課題をどのように捉えていますか。
デンソー 伊東氏(以下、伊東氏) 課題は大きく3つあると考えています。1つ目は少子高齢化です。われわれの部署でも高齢化が進んでおり、10年後には約4割が退社する可能性があります。そのため、それぞれの技術者にひも付く、高度な技能や技術が一気に失われ、モノづくりの品質や効率が下がる懸念が生まれています。加えて、若手が製造業に関心を持たない製造業離れも深刻化していると感じます。
2つ目は、DXが遅れている点です。IMD(国際経営開発研究所)の「世界デジタル競争力ランキング2025」では、日本は全69カ国中30位となっており、特にデジタル人材の育成や既存人材のリスキリングは最下位水準です。
3つ目が、属人的な働き方です。デンソーの工機部では、自社で使用する製造機器や設備の開発を担いますが、従来の働き方として、設計から調整までを1人で担う「先発完投型」の体制が続いてきました。しかし、設備のデジタル化が進み、プログラム規模はこの10年で約10倍に拡大しました。多い場合は6000万行にも達し、1人で全てに対応することは難しくなっています。そのため新たな働き方を検討せざるを得なくなっています。
こうした課題を解決する手段としてAI活用やDXを進めています。
オートデスク 加藤氏(以下、加藤氏) 今挙げていただいた3点は、われわれの課題感と共通しています。オートデスクでは毎年、世界中の経営層や有識者を対象に「デザインと創造の業界動向調査」を実施しています。2025年度版では、DXに取り組む企業が増加し、生産性や顧客満足度、イノベーションに使える時間が増えたという傾向がありました。一方で、ご指摘の通り、日本のデジタル成熟度は依然として低く、アジアや世界からも遅れています。特に日本では、熟練労働者の高齢化が進む中で、リスキリングが遅れているという傾向が出ています。
―― これらの課題に対し、実際にAI活用やDXをどのように進めているのでしょうか。
伊東氏 デンソーでは、AIやDXによる働き方の変革として「設備づくり変革」と「マネジメント変革」の2つに取り組んでいます。
設備づくり変革の取り組みの1つがエミュレーション技術の活用です。これは、設備を動かすプログラムを仮想空間で稼働させ、実機と同様の動作検証を行うものです。実機とデジタル上のモデルを同期させた環境を構築することで、実機で試験を行う前に、プログラム上の大きな問題点などを洗い出して解消することができ、ライン立ち上げ期間の大幅な短縮が可能となります。
これを米国向けエアコン製品の自動化ラインに適用し、日本での設備製作や輸送と並行して、設備プログラムの検証や訓練を進めました。これにより、当生産ラインの立ち上げのリードタイムを従来比で半減させることができました。
この取り組みは働き方そのものも変えました。従来は設備の前で長い間待たされる一方で、作業そのものは急かされがちだったソフトウェア技術者が、PCがあればどこでも集中して作業できるようになりました。また、仮想空間上での検証となるため、ミスをしても設備を壊す心配がなく、さまざまな試行錯誤ができるようになりました。働き方が変わったことで、若手人材の採用やエンゲージメント向上にもつながっています。
加藤氏 素晴らしい取り組みですね。こうした取り組みは最初からうまくいったのでしょうか。
伊東氏 最初はほとんど賛同が得られず、賛成の割合も1対99という構図でした。経験豊富な技能者ほど「自分でやった方が早い」「効果が見えない」と反対意見を強くぶつけられました。ただ、転機になったのは、若手技能者がデジタルツールを使い「私ならこれだけ早くできます」と、ベテランに引けを取らない成果を数値で示してくれたことでした。AIやDXによって、若手とベテランの経験差を埋められることが可視化され、定着が一気に進みましたね。
伊東氏 もう一つの取り組みが「マネジメント変革」です。設備づくりの上流計画立案から製造、量産までで必要となるデータを共通基盤で管理し、分析などを通じて活用できる仕組みを整えました。共通基盤でデータをつなぎ、そのデータをAIに学習させ、あらゆる業務をAIが伴走支援できる体制を構築しています。AIが可能な業務はAIに任せ、人は判断や創造など付加価値の高い業務に集中できる環境を目指しています。
特に重視しているのが、TeamsやOutlookなどのコミュニケーションで生まれたデータの活用です。従来は人が読み解かない限りはデータとして活用が難しいものでしたが、組織の意思決定や文化が反映された重要な情報です。これらを、AIなどを含めて読み解き、活用できるようになってきています。
例えば、それぞれのプロジェクトの進捗管理は非常に重要ですが、確認のメールやメッセージを出すという作業そのものは、人がやらなくても問題ありません。これを、コミュニケーションデータを学習したAIに担わせることで、必要なタイミングで適切な進捗確認を自動で行えるようになりました。
また、需要予測についても、過去のデータから受注予測や負荷状況をAIが分析し、数分で傾向を示せるようになりました。これも、過去のデータを探している時間が非常に長かったのが、圧倒的に短縮でき、意思決定のスピードや精度を向上させることができるようになりました。
さらに、少しユニークなAIの活用が、担当者のプロジェクトへのアサインをAIでマッチングしていることです。マッチングアプリのように個人の強みや過去の経験をAIが分析し、最適な人材を提案してもらいます。プロジェクトのアサインをする側は、受けてもらうためにストレスを感じていますが、それをAIが支援することで、負担を軽減できます。
暗黙知の活用についてもAIを活用しています。熟練者の過去の経験やトラブル情報(失敗データ)をAIに学習させ、設計時のチェックリストとして提示することで、若手でもベテラン同等の品質を確保できるようにしています。
加藤氏 コミュニケーションデータを企業の資産として捉え、業務改善に生かしている点は特に参考になります。
伊東氏 BOM(Bill of Materials)やBOP(Bill of Process)、3Dデータは重要ですが、ある意味では汎用解です。一方で、計画通りに進まなかった不具合やトラブルの情報こそが、その企業や組織の文化や知見を形づくります。そこに特化したAIを活用することで、再発防止だけでなく、差別化の源泉にもなると考えています。
―― 先進技術の活用によって今後のモノづくりはどのように変化していくとお考えですか。
加藤氏 オートデスクでは、プラットフォームを通じてモノづくりプロセスや部門間、企業間、業界間をつないでいくことで社会課題を解決することを目指しています。そのプラットフォーム上のさまざまなデータを活用するのに、重要なのはAIだと考えています。
オートデスクではもともと、2009年にジェネレーティブデザイン(コンピュータによるデザインの自動生成)に関する論文を発表し、2017年には生成AIに関する論文を発表するなど、早くから研究開発を進めてきました。近年は「形状の定義」や「組み付け、分解手順」といった根幹領域に注力し、その成果を「Autodesk AI」として各ソリューションに実装しています。現在の主流はタスクの自動化で、図面作成やスケッチなど、設計業務で発生する日常の繰り返し作業をAIで自動化する取り組みを進めています。
また、AIエージェントである「オートデスクアシスタント」により、操作や機能に関する問い合わせに応答する仕組みの提供も進めています。生成AIによる3Dモデル生成や図面化、高速シミュレーションによって、多くの選択肢を検討できる環境を整えています。
われわれが重視しているのは、設計プロセス全体を底上げする支援をすることです。繰り返し作業をAIに任せることで、人はより付加価値の高い作業や創造的な作業に集中できるようになります。
伊東氏 デンソーでも図面作成の繰り返し作業は、まだ十分に自動化できていません。そうした領域をAIで支援できる点は魅力的だと考えます。また、量産前の段階で最終デザインを確定する際のシミュレーションを秒単位で行える点も有効だと感じます。
―― DXを推進する上でのポイントをどう考えますか。
伊東氏 私は「変革とは、変革を拒む者との闘いだ」という言葉を大切にしています。変化に対する恐れは誰にでもありますが、この不確実な時代に変化を避け続ければ、淘汰されかねません。リーダーには、困難な状況に置かれることがあっても、次世代のために素晴らしい社会を作り上げようとする姿勢が求められると考えています。
モノづくりでは、未来の課題に向き合う研究開発と、現場で価値を生み続ける技能の育成、その両輪が不可欠です。AIで創造の時間を生み出しつつ、現場の技能を磨き続ける。この両立が、日本のモノづくりを支える力になると考えています。人は誰しも不完全ですが、その人間がよりよい社会を求める姿勢こそが、モノづくりが成長し続ける原動力になるのではないでしょうか。
加藤氏 われわれも変化に向き合う姿勢が非常に重要だと考えています。「将来のために必要か」を基準に変化し続けることが大切です。日本の製造業が培ってきた価値を尊重しながら、恐れず一歩踏み出す姿勢が、これからますます問われていくと感じています。
伊東氏 AI時代は汎用解があふれ、差別化が難しくなります。だからこそ重要なのは、いかに時間を生み出し、その時間を使って泥臭く創造的な思考や試行錯誤に没頭できるかという点だと考えています。
── ありがとうございました。
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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2026年3月24日