産業用PCのグローバル企業であるアドバンテックは2025年、エッジコンピューティング/エッジAI企業へのシフトを宣言し、エッジAI市場へ本格参入する方針を打ち出している。日本国内でも事業体制や生産拠点を整備しており、実績あるハードウェア製品の力を引き出す新たなソフトウェアプラットフォームとの融合を進めている。
生成AI(人工知能)を含むAI技術のビジネス利用が拡大しているが、その処理の大半はクラウドに依存しているのが実情だ。
そうした中で近年、特に製造業で注目されているのがAIモデルの推論処理を現場側のエッジデバイス上で実行する「エッジAI」のアプローチである。通信遅延の影響を受けることなく機器を制御する「リアルタイム処理」や、機密性の高いデータを限定的なローカルな範囲内のみで運用することで情報漏えいのリスクを低減する「セキュリティ向上」、データをその都度クラウドに送信せずに済むことによる「省電力/コスト削減」といったメリットを得ることができる。
こうしたエッジAIに対するニーズの高まりを受け、台湾に本拠を構える産業用PCのグローバル企業であるアドバンテックも、この市場へ本格参入していく方針を打ち出した。同社の日本法人では、2024年6月に新社長に就任した吉永和良氏の下で、エッジAIにシフトするための体制整備を進めている。
そして2025年7月11日には、エッジAIをけん引していくアドバンテックの明確な意志とビジョンを日本の顧客に示すべく、ユーザーイベント「Edge.AI Day Japan 2025」を東京都内で開催した。「Edge Computing & WISE-Edge in Action」をテーマに、国内初披露となる「NVIDIA Jetson AGX Thor」を搭載する製品や、インテリジェント3Dカメラなど200以上の製品を展示。さらにインテル、AMD、NVIDIA、NXP Semiconductors、クアルコム、Hailoといった主要半導体メーカーによるテクノロジートーク、パートナー企業による導入事例の紹介などが行われ、最先端のエッジAIの世界を体験できる1日となった。
エッジAIへのシフトに向けて、アドバンテックの日本法人は具体的にどのような戦略を打ち出しているのだろうか。まずは事業の体制に目を向けてみよう。
これまでアドバンテックでは、主力の産業用PCの他、組み込みボード、業界特化のハードウェア、サーバ製品などのハードウェア商品を取り扱う各事業部が、それぞれ独立して営業を行うセクタードリブンな体制を敷いていた。ところが近年は大手顧客を中心として、各事業部による個別対応ではカバーしきれない、複数の事業部にまたがる高度な対応が求められるケースが増えている。
そこでアドバンテックが新設したのが営業統括本部である。同社 営業統括本部 本部長の横見光氏は「既存の各事業部門およびそれらとひも付けられた営業体制を無理やり再編したり、1つに統合したりするわけではありません。営業統括本部がこれらの営業体制にバーチャルな横串を通し、事業部の垣根を超えたお客さま対応を“ハーモナイズ(協働)”させる役割を担います」と説明する。
2025年から本格稼働を開始している営業統括本部は、キーアカウント(大口顧客)、チャネルパートナー、オンライン販売という3つの営業窓口において協働できる体制を構築しており、顧客の多様な要求にワンボイスで対応している。横見氏は「例えば『カスタマイズされたデバイスに、独自の組み込みボードとアプリケーションを搭載することで、自社固有の課題を解決するエッジAIの仕組みを提供してほしい』といったお客さまのご要望にも、迅速に対応することが可能です」と訴求する。
加えてアドバンテックはエッジAIの市場拡大を見据え、多岐にわたる製品群の供給体制の強化にも乗り出している。そのための日本国内における主力拠点となるのが、2019年にオムロンから買収した直方事業所(福岡県直方市)だ。
直方事業所は、国内向けの製品開発を担うAJMC(Advantech Japan Manufacturing Center)と、アドバンテック製品全般のサービス業務を担うAJSC(Advantech Japan Service Center)の大きく2つのセンターで構成されている。特にAJMCはDMS(開発/製造受託サービス)のデザインセンターとしても位置付けられており、国内顧客に向けて柔軟かつきめ細かなサービスを提供してきた。
そんな直方事業所のミッションはさらに拡大することになる。
「もともとはオムロンで受託生産を行っていた直方事業所ですが、当社の工場となったのを機に既存のファシリティとリソースを生かしつつ、生産規模を大幅に拡大してきました。そうした中、複雑化する地政学的なリスクにも対応するため、台湾と中国に次ぐ第3のグローバル製造拠点とすることが決まりました。メイドインジャパンの高品質な製品を、米国をはじめグローバルに出荷、供給する役割を担うべく、2027年の完成を目指して工場の新棟建設も決定しました」(横見氏)
この他にもアドバンテックは日本国内でのブランディングとオフィス機能の拡張も進めている。2025年5月に大阪オフィスを移転し、関西エリアで初のショールームを設置しており、2026年には東京本社も移転し、関東エリアでのショールーム設置や、今後のビジネスと人財拡充に向けたワークスペースの整備も進める予定である。
以前から産業用PCに代表されるハードウェア製品群で高い知名度と実績を誇ってきたアドバンテックだが、エッジAIを実現するためには両輪となるソフトウェアが欠かせない。
そこでアドバンテックはハードウェアメーカーとしての枠を超えた、エッジコンピューティングやエッジAIのプラットフォーマーへの変革を目指している。基盤となる「WISE-Edgeプラットフォーム」を中心に据え、ハードウェアとソフトウェアを融合させたソリューションを展開しラインアップを拡充していく方針である。
アドバンテック コーポレート戦略室 事業企画 シニアプロジェクトマネージャーの竹内勝氏は「WISE-Edgeプラットフォームは、コンテナ、API、アプリケーションの3層構造で構成されており、ユーザーは用意された多様なコンテナの中から必要なモジュールを選択して組み合わせることで、自社の課題や用途に合わせたAIアプリケーションを目的のエッジデバイスに柔軟かつ迅速に展開できます。現在、利用可能なコンテナは約50種類ですが、近い将来に300種類以上へと拡大する予定です。また、お客さまの内製でのAIアプリケーション開発や性能評価を支援する開発ツールキット『Edge AI SDK』もあわせて提供しています。これによりクラウドネイティブな開発手法をエッジ環境に持ち込むことが可能となり、エッジAIの開発効率や運用の利便性を大きく向上します」と説明する。
そして、WISE-Edgeプラットフォームの強化をさらに後押しするのが、2025年4月に締結された、デジタルエンジニアリングのグローバル企業であるドイツのNagarroとのAI戦略パートナーシップである。「Nagarroはインドにも大規模な開発リソースを有しているのが強みです。今回の協業はエッジAI市場においてグローバル拡大を目指すアドバンテックの重要な戦略的ステップであり、台湾、インド、ドイツ、日本をまたいだエッジコンピューティングのエコシステムを確立し、持続的な発展を促進していきます」(竹内氏)。
もちろんアドバンテックの誇る“本業”であるハードウェア製品についても、そのラインアップ拡充の動向を見逃すことはできない。
アドバンテックが現在提供しているエッジAI製品の全体像を見ると、エッジAIアクセラレーターモジュール「EAIシリーズ」、エッジAIインフラシステム/サーバ「AIRシリーズ」などが用意されている。
アドバンテック エンベデッドIoT統括事業部 EDI事業部PSM シニアマネージャーの志村泰規氏は「エッジAIアクセラレーターモジュールは、エッジデバイスにGPUや小型アクセラレーターの搭載を可能にし、高度なAI性能を実現します。エッジAIインフラシステムも手のひらサイズやノートPC程度のコンパクトな筐体ながら、ロボットAIや監視AI、画像処理AIといったエッジでの推論処理を実現します。さらにエッジAIサーバは、ミニタワークラスの筐体に最大4枚のGPUカードを搭載可能で、LLM(大規模言語モデル)のファインチューニングなど高負荷処理にも対応できます」と説明する。
次世代AIエッジサーバ向けの技術で注目されるのが、台湾のファイソン(Phison Electronics)と共同開発した「aiDAPTIV+(アダプティブプラス)」と呼ばれる技術である。
「aiDAPTIV+はGPUのVRAMをSSDにキャッシュして拡張します。これにより、700億パラメータといった大規模なLLMのファインチューニングも、『NVIDIA RTX 6000 Ada』を4枚搭載した1台のエッジAIサーバで実用的な時間内に完了できます。仮に従来の仕組みで同規模のLLMのファインチューニングを行うためには、NVIDIA RTX 6000 Adaが約30枚必要となり、複数台のAIサーバをクラスタ接続したインフラを構築しなければなりませんでした。つまり、aiDAPTIV+によってシステム構築コストを約90%低減できるのです」(志村氏)
また、ユーザーイベントのEdge.AI Day Japan 2025では、NVIDIAの最新組み込みAIボードであるJetson AGX Thorを搭載する高性能エッジAIプラットフォーム「MIC-743」が国内で初めて披露された。Jetson AGX Thorは、最新GPUアーキテクチャの「Blackwell」を採用しており、2070TFLOPSに達するAI処理性能を発揮する。
今後もアドバンテックが投入するハードウェアとソフトウェアを包括した多彩なソリューションにより、エッジAIの世界は劇的な進化を遂げていくことになりそうだ。
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提供:アドバンテック株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2025年8月21日