紙の実験ノートやExcelを使い続けているためにDXが進まないという国内企業の医薬品や素材の研究開発部門は多いといわれる。カネカは組織全体で研究開発データを集約できる基盤を構築し、DXで大きな成果を挙げている。
事業を取り巻く環境の予測不能な変化に対応して持続的に成長するため、DX(デジタルトランスフォーメーション)はあらゆる企業にとって必要になりつつある。医薬品や素材のメーカーも例外ではない。工場などにおける製造工程、品質管理、設備保全の効率化を推進し、そこから新たな価値やビジネスモデルを生み出すべく多様なDXを推進している。
ただ、医薬品や素材の研究開発部門はデジタルの恩恵を生かし切れていない。実験の進捗(しんちょく)状況やその過程で生まれたアイデアなどを紙のノートに記録する他、実験データも個人のExcelで管理しているなど、研究チームや部門での情報共有に課題がある企業が散見される。
そうした中で、電子実験ノートを活用したDXを推進しているのが大手総合化学メーカーのカネカだ。
研究開発活動に積極的に先端技術を取り入れ続けているカネカは、事業をより加速させる戦略をR2B(リサーチtoビジネス)と定義。マーケットと顧客の視点に立った価値を追求し、独創的な技術開発によってオンリーワンで優れた素材を提供しようとしている。
その取り組みの一つがダッソー・システムズの「BIOVIA Notebook」の導入だ。
研究開発DXの第1ステップとして実験ノートをデジタル化した要因には、前述した課題の解消に加えてカネカがDXによるビジネスの競争優位性の確立を目標に掲げている点がある。
カネカ R2B本部 R2B戦略室の神田彰久氏は、「医薬品は、コンプライアンスの観点からしっかりエビデンスを残すことが電子実験ノート導入の一義的な目的です。また、素材分野においてホットなテーマとなっているのがマテリアルズインフォマティクス(MI)です。グローバルの競合他社としのぎを削る素材開発のスピードアップを図る上で、MIは必要不可欠な取り組みです。電子実験ノートを基盤に研究開発の多様なデータを蓄積し、組織全体で集約して解析するフローを確立したいと考えました」と話す。
こうした背景から、研究情報管理の経験が豊富な同部の宮田きよみ氏と、研究所出身の神田氏が中心となりプロジェクトをスタート。2019年度にBIOVIA Notebookのクラウド版で機能検証を行い、利用に問題がないことを確認し、2020年度に医薬/バイオ分野を中心に先行導入した後、2021年度に本格導入を開始し、現在の導入数は日本の化学業界ではトップレベルである。
電子実験ノートは各ベンダーがさまざまなソリューションを提供している。カネカがBIOVIA Notebookを選定したポイントは3点だという。
1つ目は、ノート作成の自由度の高さだ。電子実験ノートの中には目的や分野ごとにフォーマットの作り込みが必要なものがあるが、BIOVIA Notebookはそういった手間が不要だ。「バイオ、高分子、生産技術等、多岐にわたる研究分野を持つ当社において、全社展開に時間やコストがかからず、全研究者がすぐに活用できるというメリットを重視しました」
2つ目は、化学式検索に標準対応していることだ。BIOVIA Notebookは化学構造式や反応式を記載でき、それらの要素をそのまま使った検索も可能だ。「既に登録されている化学構造式をコピーしてペーストしたり修正したりできるなど、研究者の手作業を大幅に減らせます。抽出した化学構造式や反応式をデータとしてMIに持ち込んで直接解析することもできます」
3つ目は、ダッソー・システムズが別途提供している、研究開発領域に特化したデータサイエンスプラットフォーム「Pipeline Pilot」による拡張性の高さだ。「部門のニーズに合わせてアプリケーションを個別に開発するのではなく、BIOVIA Notebookにさまざまな機能やツールを連携させてシームレスに利用できるようにすることで利便性を高められます」
全研究開発部門に導入されたBIOVIA Notebookは、研究者に多くのメリットをもたらしている。
カネカでバイオ系の研究を行う同社 バイオファルマ研究所の平野優氏は、「紙のノートに実験内容を記録していた頃は管理が難しく、過去の実験結果がどのノートのどの辺りに記されているのか、自分でも分からなくなることがありました。紙のノートは、紛失したり水にぬらして読めなくなったりするという懸念もあります。BIOVIA Notebookが導入されたことで、こうした課題はすっかり解消されています」と語る。
さらに平野氏が言及するのが、「研究チーム内での情報共有やコミュニケーションの活性化」だ。「以前は席が近くても他のメンバーの活動内容はよく分かりませんでした。BIOVIA Notebookでは、誰がどんな実験を手掛けているのか、進捗状況まで把握できます」。研究者が互いに良い刺激を与えるとともに、実験が行き詰まった際に助言し合うなど、チームワークの向上に貢献している。
もちろん、情報共有が全く行われていなかったわけではない。オンプレミスのファイルサーバ(NAS)やクラウドストレージに共有フォルダを作成し、権限に応じてアクセスできる仕組みが用意されていた。しかし、実験の概要や分析結果などのデータをその都度整理し直し、決められたフォーマットに取りまとめて登録するといった煩雑な手間が発生するためMIに用いるのは難しかった。
BIOVIA Notebookであればより自由で柔軟なデータ活用が可能だ。カネカの生産技術研究に携わる同社 生産技術研究所の安成竜輝氏は、「実験途中の生データであれ最終的な分析結果であれ、どんなデータもExcelやCSV形式のファイルにまとめておけば実験ノートに簡単に添付できます。参照するときも、BIOVIA Notebookで検索すれば添付ファイルの中身までサーチして実験ノートやデータを抽出可能です」とコメントする。
「実験ノートを作成した研究者のデータ管理効率が向上するのは言うまでもありません。『ダウンロードした添付ファイルを○○アプリに読み込んでください』というメッセージを一言添えておくだけで誰でもそのデータを活用できて、部門内の情報共有が促進します」と強調する。
多くの研究者から高い評価が寄せられているのが、Pipeline PilotによってシームレスにBIOVIA Notebookに組み込まれた拡張機能の数々だ。
カネカの新しい素材開発を手掛ける同社 Material Solutions New Research Engineの長野卓人氏が高く評価しているのは光学文字認識(OCR)機能だ。「紙のままで保管している実験ノートや、実験の参考にした関連資料や技術情報などのデータをOCR機能のおかげでBIOVIA Notebookに簡単に取り込めます。昔の手書きの報告書やアイデアのメモ書きなども、スキャンしたり、スマホのカメラで撮影してメールで送ったりすれば、OCR機能でデータ化して実験ノートに登録できます。このように、日常全般を通じてOCR機能を便利に活用しています。当社に長年の蓄積がある樹脂開発においては、過去の報告書もデジタル化することで、先人の発想を現在の素材開発に生かせると期待しています」
長野氏は当初、OCR機能はBIOVIA Notebookの標準機能なのかPipeline Pilotによって組み込まれた外部ツールなのか、「違いを分かっておらず、全く意識もしていませんでした」と言う。それほどまでに、Pipeline PilotはBIOVIA Notebookとシームレスに連携できる。
安成氏は便利な機能としてデータの可視化機能を挙げた。「製造工程から上がってくる大量のデータをExcel形式で BIOVIA Notebookに保存し、この機能に読み込ませると、自動的に基本統計量を解析してPairs Plot(多変量連関図)やヒストグラムを表示します。これは常に多くのパラメータを扱う生産技術研究者にとってはとても画期的なことで、大量のデータのどこに相関があるのか、簡単に発見できるようになりました。これまでハードルが高かったこの解析を、BIOVIA Notebookでは気軽に、何度でも実行できて本当に助かっています」
研究者たちの声を踏まえつつ、神田氏は今後もPipeline Pilotプロトコルを拡充してBIOVIA Notebookの利便性をさらに強化する考えだ。
早期実現を目指すテーマの一つとして位置付けているのが、生成AI(人工知能)とPipeline Pilotの連携だ。
「電子実験ノートは基本的に1回の実験ごとに独立して作成されるため、一覧性が不足しているという側面もあります。もちろん検索機能を使えば実験ノートを横断したページやデータの抽出は可能ですが、まだまだ十分ではない。そこで目を付けたのが生成AIです。蓄積された膨大な実験ノートの要約を一覧表示する機能をBIOVIA Notebookで提供しています。今後は、セキュリティが確保された大規模言語モデル(LLM)に投入して学習させることで、自然言語による問い合わせ(プロンプト)に基づいて目的の実験ノートを抽出できたり、関連性が高い実験の内容から知財のアイデアを創出したりする機能なども開発したいと考えています」と神田氏は展望を明かす。単なる構想ではなく、近日中のリリースに向けて取り組んでいるという。
BIOVIA NotebookとPipeline Pilotを基盤としたMIの強化により、カネカはR2B戦略に基づく全社的なDXをさらに加速する。神田氏は「カネカは、BIOVIA Notebookの導入によって研究者の作業時間を6%削減できることを既に確認しています。将来的には、BIOVIA Notebookによって作業時間を10%減らすことを目指しています。また、MIやAIの活用により、新たな価値を創造するための基盤として活用を進めていきます」と意気込んでいる。
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提供:ダッソー・システムズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2024年11月14日